別冊 恵比塵

160504_からむし市22016/05/21 00:21

織姫交流館内では、「からむし市」の売り物のとしての製品の展示と、糸作りの実演。
博物館の学芸員Y女史がいらっしゃったので入口で挨拶、室内に入ってみました。

160504_からむし市2

糸績みをしていらっしゃるばぁちゃん。
近寄ると、目が合った。わたしが小学生の頃の時代に知っている方である。
「ヒサエさん(わたしの母の名)とこ(の子共)の、○○○かぁ?」
「あ、おれはその○○○の弟だ」
説明のスタッフの方と見学のお客様も近くにいたが、もう、もっと近くに座りこまさせてもらう。


受付のY女史に睨まれるといけないので、リョウ姉(ばぁちゃん)に確認する。
「写真写していいですか?」
「いーよ、写しっせー」
と、にっこりして下さったのが、この写真なのでした。

160504_奥会津昭和村・野尻の菜の花2016/05/22 23:47


160504_奥会津昭和村・野尻の菜の花













ついつい、facebookでテキトー話を投稿してしまった(笑)

〔on  facebook〕
奥会津昭和村点景、野尻の菜の花畑。明日も明後日もまだまだ満開は続くでしょう。野尻集落が一望できる扇状地。撮影位置の後方に神社、そしてその山の山頂に中世の山城、牛首城。のはず、ですよね。




160504_奥会津昭和村・上平2016/05/22 23:51


160504_奥会津昭和村・上平
ここから、歩いてみる。
5,300メートル先の清水を飲みに、ではない。
坂の上の集落「上平(うわだいら、うわでえら)」まで。



「庚申供養塔」


杉で囲まれた中には数基のお墓がある。
杉の木というのは、伐る事を目的として植える。
が、村内各地にも数本の杉の木ででも囲まれた地は何らかの聖地になっている。

そして、ここではその杉の丸い林の周りには、枯葉を集めて養生している。
つまり、ここは、久しい土地活用のサイクルとしては、杉の木を切った跡の更地になったときには、肥えた地となった農地としての活用を促されていたのではなかろうか。
と、はい妄想です。









今年からこの場所に、新しい店が開かれた。
「星のやど」主人、小林政一さん。



「奥会津の画師 佐々木松夕」の著者。


古布、からむし、麻にこだわる製品を販売する。
からむしウェアと小物製品、
と麻や絣(かすり)布を作り直した衣料製品。
例えば、麻の蚊帳(かや)を布に戻して、草木染、それを別物(衣服)に仕立て上げたり。





ここは集落全体が遺跡。

ほんとねー、政一さんのこの店目当てで、国道からブイーンと車でお店の前までいらっしゃらないで、ゆっくりゆっくりと、坂道を踏みしめたいと思うのですよ。
ただし、観光地ではありません。ここは遺跡保護地区でもあります。



この燈籠のバランスは、どうだ!どうでしょう。
どっちかが古くて、どっちかが新しい。




160506_はげ山のすそ2016/05/29 20:35



160506_はげ山のすそ




2016年5月6日、奥会津昭和村小中津川。

昨日は、この田圃の手前側の堀上げをした。
上流からの堀(水路)から流入してくる水の流れ以外に、田圃の外側にもう一つ壕(ほり)があるのです。
作業は、その水路(溝)を復活させるために、埋まった泥土を掻き上げること、堅い草(葦に近い)が侵食しているので、スコップで土切りをする。
水路に埋まっているのが泥土だけなら、鍬だけでキレイな「クロ作り」が出来る。
が、そうでもない。場所によっては、出来ないこともない。

この、用水水路構築地形以外の、田圃を囲んでいる壕(ほり)をわたしはつい数年前まで、流れてくる用水路からの冷水を一旦、流速を停止させて、日に暖めて水温を高める為の緩衝機能を持たせた構造施設と思っていた。
ところが、逆!
この田圃は、田圃内からもどうやら湧き水が発生しているらしいのです。
用水路からの水の流入を止めても、自然乾燥しないほどの水が、湧いているらしい。
だから、田圃の周りの壕は、田圃内の水を水路ではなく地下のサイホンの原理で、田圃内の水を抜くための機構なのでした。



これ、おそらくそれぞれの岩ではなく、下の地面ごと、ズッズッと崩れる。
広い斜面の上方に、横一線に亀裂が見えました。
(2016年5月6日撮影)

160506_散歩2016/05/29 20:39


160506_散歩



























































ここまで来て、一服。
さてどっちに歩こうか、と思ったら、車がゆっくり近づいてきて止まった。

シンイチさんの車だった。

信「どこに行くのか?」
甚「あては無し」
信「戻られるのか?」
甚「はてさて、先日の豆腐屋(酒井)まで行こうかどうか」
信「何しに?」
甚「ただ、無聊の散歩なり」
信「そろそろ暗くなるべし」
甚「さもあらん」
信「歩きて、こなかつがは(小中津川)までもどられるとかや?」
甚「そのつもりで歩いてまいり候」
信「その帰りは、何がしかの目的有りての徘徊とかや?」
甚「何も無し、唯一回の彷徨にて、極めたるべき目的も無し」
信「我、野尻の逓信局の手伝いにて、その帰りの車で移動也。くたびれ果てれども、我車、ただ一名の乗車なり。貴殿の遅き足並みでは、そろそろと、たそかれ時になり申そう。我車に乗られるのであれば、こなかつがは迄お送り申そう」
甚「それはそれは、ありがたき事なり。ゑー、どうしよう」

信一さんの車に乗せてもらって、雑談しながら、帰りはびゅーっと、帰ってしまいました。
また今度、信一さんの家にもお邪魔する機会もあるでしょう。

歩いて帰ったら、ほぼ真っ暗になる時刻でした(笑)、ありがとうございました。

160507_奥会津昭和村大芦にて2016/05/31 01:44

家人の若葉マークの軽自動車で、大芦集落へ向かう。
「大芦家」で一休み。


160507_奥会津昭和村大芦にて
【on facebook】
奥会津昭和村大芦、ファーマーズカフェ『大芦家』にて。
「気がつけばカフェのマスター」、買って読むか、店に読みにくるか。こら。





歩いてみたい場所がある。
車を降りて、家人には、ずーっと先の駐車しても安全な所まで移動してもらうことにする。





おそらく竹島さん(一度だけ都内のイベントでお会いした)が、話された、大芦の丘の上の桜の場所はここだと、ずっと思っている。
当っているかどうかは分らない。
が、外れても、「また来ればいいさ(笑)」。
竹島さんは、決してあせらないので、数十年も奥会津に通い続けて、写真を撮られた方です。
(と、立ち話でお聞きしたことは、ずっと消えない感慨として残るでしょう)


満開の桜は過ぎていた。普段の年ならこの桜も今日当りでも満開だったと思う。
今年は、雪解けを含めて、桜の満開も2週間は早い、という。
別に残念ではない。楽しみが増えたのである。「また来ればいいさ」と(笑)。











別冊 恵比塵