別冊

(10/08/16)奥会津(昭和村)から東京へ2010/08/24 23:39


奥会津(昭和村)から東京へ

朝顔の風景
(10/08/16)奥会津(昭和村)から東京へ

これでもか!と続ける(笑)










近所の方が昨日の祭の後片付け。


気多神社内に奉納されていた「火の用心」。『六才』の風習はまだ残っている。




「おはようございます」。若い男性が手になにやら持ちながら散歩していた。
見かけない様相である。NPOで昭和村にスティ中の人だろう。
手に持っていたのは何か。この若人はタバコの吸殻を拾いながら歩いていたのである。
わたしは、この村の出身者である。去年から帰省のたびに早朝散歩はした、しかし、歩きながらゴミ(吸殻、空き缶、その他)を拾おうとは思わなかった。
仮に思ったとしても、吸殻拾いをしたら「たまに来て(ハレの日でもある)、いいかっこしー!」と噂されるのが関の山である。
地域に新しい習慣(風習)を作ってくれるのは、訪ねてきた人(マレビト)かも知れない。
出来ることからとけ込んでいく若者。うれしいではないか。
後から誰かがそのことに気づくかもしれない。「そういえば、」。


会津田島駅。早朝はいつものキオスクは開店しているが、ステーションプラザは開店前である。
4日前に帰省したときに、妻に「帰京土産用にドライトマトを買って来い」と言われた。
帰京時に買えばいいべ!と思ったが朝は開店していないのである。
わたしは、帰省時に3袋を買って、妻には1袋だけ渡しておいたので、ステーションプラザが閉まっていても余裕である。
おそらく、早朝の電車通勤客がワンコインで買っていく「イチローさんとこのトマト」とかそういった朝摘み野菜であろう。
たまに訪れた観光客の「南会津の採りたて!」とかいった派手なほめ言葉はない。
が、地産者は地消者の眼力はあなどれないのである。






8時8分の電車は、会津線(会津若松-田島)から乗り入れて鬼怒川温泉で東武の特急(ロマンスカー)に繋がる電車となる。
沿線にはない「昭和村」も「三島町」も「金山町」の車内広告を載せている。
このうち、「昭和村」は電車はない。「三島町」と「金山町」はJR会津只見線である。
会津広域なんとかという組織が活動しているのかもしれないが、東武線の区間快速車両ではありえないことである。
東武線は浅草から会津田島まで線路が続いている。その先が奥会津である。
現在、奥会津と称される地域で「村」が残っているのは「昭和村」だけなのである。
それに昭和村には線路は無い。
東武鉄道のその先に、「田島町のその先へ、標高634メートルの『村』がある」のです。
車中で『こころのふる里東武の会津』というパンフレット(冊子)をめくっていました。
こんな文章がありました。
【日光~会津観光軸元気再生プロジェクトとは】日光市、南会津町、下郷町、会津若松市の4市町村が提案しました。
4市町で「村」は入っていないのに、、、。




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