北越雪譜初編 巻之中
越後湯沢 鈴木 牧之 編撰
江 戸 京山人百樹 刪定
○雪吹(ふゞき) 5/5
雪吹(ふゞき)の人を殺す事大方右に類す、暖地の人花の散(ちる)に比(くらべ)て美賞(びしやう)する雪吹と其異(ことなる)こと、潮干(しほひ)に遊びて楽(たのしむ)と洪涛(つなみ)に溺(おぼれ)て苦(くるしむ)との如し。雪国の難儀暖地の人おもひはかるべし。連日の晴天も一時に変じて雪吹となるは雪中の常也。其力(ちから)樹(き)を抜(ぬき)家を折(くじく)。人家これが為に苦(くるし)む事枚挙(あげてかぞへ)がたし。雪吹に逢(あひ)たる時は雪を堀(ほり)身を其内に埋(うづむ)れば雪暫時につもり、雪中はかへつて温(あたゝか)なる気味ありて且(かつ)気息(いき)を漏(もら)し死をまぬがるゝ事あり。雪中を歩(ほ)する人陰嚢(いんのう)を綿にてつゝむ事をす、しかざれば陰嚢まづ凍(こほり)て精気尽る也。又凍死(こゞえしゝ)したるを湯火(たうくわ)をもつて温(あたゝむ)れば助(たすか)る事あれども武火(つよきひ)熱湯(あつきゆ)を用ふべからず。命たすかりたるのち春暖にいたれば腫病(はれやまひ)となり、良医も治(ぢ)しがたし。凍死(こゞえしゝ)たるはまづ塩を●(煎、いり)て布に包(つゝみ)、しば/\臍(へそ)をあたゝめ、藁火(わらび)の弱(よわき)をもつて次第に温(あたゝむ)べし。助(たすか)りたるのち病(やまひ)を発せず。 人肌(ひとはだ)にて温(あたゝ)むはもつともよし。 手足の凍へたるも強き湯火(たうか)にてあたゝむれば、陽気いたれば灼傷(やけど)のごとく腫(はれ)、つひに腐(くさり)て指をおとす、百薬功なし。これ我が見たる所を記して人に示す。人の凍死(こゞえし)するも手足の亀手(かゞまる)も陰毒(いんどく)の血脈(けちみやく)を塞ぐの也。俄(にはか)に湯火(たうくわ)の熱を以て温(あたゝむ)れば人精(じんせい)の気血をたすけ、陰毒一旦解(とく)るといへども全く去(さら)ず、陰は陽に勝(かた)ざるを以て陽気至(いた)ば陰毒肉に暈(しみ)て腐(くさる)也。寒中雨雪(うせつ)に歩行(ありき)て冷(ひえ)たる人急に湯水を用ふべからず。己が人熱の温(あたゝか)ならしむるをまつて用ふべし、長生(ちやうせい)の一術なり。
「校註 北越雪譜」野島出版より(P.39~44)
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○雪吹(ふゞき) 5/5
|| 雪吹(ふゞき)の人を殺す事大方右に類す、暖地の人花の散(ちる)に比(くらべ)て美賞(びしやう)する雪吹と其異(ことなる)こと、潮干(しほひ)に遊びて楽(たのしむ)と洪涛(つなみ)に溺(おぼれ)て苦(くるしむ)との如し。
■吹雪で死人が出るのは、あらかたは以上に書いたような事に依るのです。
トカイの人が散る花の風流を愛でる吹雪とは全く様相が違うのです。
それは、行楽の潮干狩りを楽しむのと、津波に溺れて災難にあうのとくらいの違いなのです。
||雪国の難儀暖地の人おもひはかるべし。連日の晴天も一時に変じて雪吹となるは雪中の常也。其力(ちから)樹(き)を抜(ぬき)家を折(くじく)。人家これが為に苦(くるし)む事枚挙(あげてかぞへ)がたし。
■雪国の難儀について、想像してみて下さい。
毎日晴天が続いていてもある時に急変して吹雪となるのは雪中ではよくあることなのです。
その強さは木を引き抜くし家は倒壊するほどなのです。
人も家もこの吹きに苦しむ事例は枚挙のいとまが無いほどなのです。
||雪吹に逢(あひ)たる時は雪を堀(ほり)身を其内に埋(うづむ)れば雪暫時につもり、雪中はかへつて温(あたゝか)なる気味ありて且(かつ)気息(いき)を漏(もら)し死をまぬがるゝ事あり。
■吹雪に遭った時には、雪を掘ってその中に入れば雪が次第に積っていくので、その中は却って暖かく呼吸をする隙間もできるので、助かることもあります。
※吹雪にあったときには雪を掘ってビバークするのがよいです、雪で埋もれれば体温低下を免れます。
呼吸出来る空間(口鼻が雪に直接触らないように)だけは確保しましょう。
||雪中を歩(ほ)する人陰嚢(いんのう)を綿にてつゝむ事をす、しかざれば陰嚢まづ凍(こほり)て精気尽る也。
■寒冷状態で歩行移動する場合は、最悪でもきんたまだけは凍らないようにします。
そうしないと一番先に凍ってしまい、生気を失ってしまいます。
陰嚢は自律生体反応でそれなりの温度調整機能がありますが、それが間に合わない急冷現象があると凍ってしまいやすい形状ともいえます。←こら、そうは書いていない!
||又凍死(こゞえしゝ)したるを湯火(たうくわ)をもつて温(あたゝむ)れば助(たすか)る事あれども武火(つよきひ)熱湯(あつきゆ)を用ふべからず。命たすかりたるのち春暖にいたれば腫病(はれやまひ)となり、良医も治(ぢ)しがたし。
■凍えた場合には暖めるのが処置方法の一つですが、熱すぎる火や熱湯は使わないでください。命は助かりますが、後になって腫瘍などは専門医にかかっても完治しません。
||凍死(こゞえしゝ)たるはまづ塩を●(煎、いり)て布に包(つゝみ)、しば/\臍(へそ)をあたゝめ、藁火(わらび)の弱(よわき)をもつて次第に温(あたゝむ)べし。
■凍えたときには、先ず塩を煎って布に包んで臍の辺り(臍下丹田か)にあててゆっくり温めます、藁を燃やした弱いほの火などでゆっくりと温めます。
||助(たすか)りたるのち病(やまひ)を発せず。
人肌(ひとはだ)にて温(あたゝ)むはもつともよし。
■この様にすると、後遺症が出にくくなります。一番良いのは、人肌で温めることです。
||手足の凍へたるも強き湯火(たうか)にてあたゝむれば、陽気いたれば灼傷(やけど)のごとく腫(はれ)、つひに腐(くさり)て指をおとす、百薬功なし。
■手足が凍えた場合も(あ、この↑上までは手足のことぢゃないのです)、強火や熱湯などで温めると、後になって火傷のようになって腫れたり、凍傷となって指が壊死しますので、結果として効果がありません。
||これ我が見たる所を記して人に示す。
■ホントですよ、自分はそれを見ているんですから。命あってのものだね、
||人の凍死(こゞえし)するも手足の亀手(かゞまる)も陰毒(いんどく)の血脈(けちみやく)を塞ぐの也。
■人が凍死してしまうのも、寒さで手足がひび割れる(亀手、きんしゅ)のも陰毒が血管を塞いでしまうからなのです。
||俄(にはか)に湯火(たうくわ)の熱を以て温(あたゝむ)れば人精(じんせい)の気血をたすけ、毒一旦解(とく)るといへども全く去(さら)ず、陰は陽に勝(かた)ざるを以て陽気至(いた)ば陰毒肉に暈(しみ)て腐(くさる)也。
■急に湯や火の熱で暖めるとその時には血管の機能的には、一旦血のめぐりが戻ったように思いますが、決して回復していないのです。
陰が陽に勝つことはないので、急激な陽に出会うと、陰毒は内側に染み入って腐るのです。
||寒中雨雪(うせつ)に歩行(ありき)て冷(ひえ)たる人急に湯水を用ふべからず。己が人熱の温(あたゝか)ならしむるをまつて用ふべし、長生(ちやうせい)の一術なり。
■寒冷地の雨や雪の中を歩いて冷え切った人をもてなすにも、急に湯に入れたりしては逆効果なのです。
先ずはその人の体内の熱が暖かく落着いてから使うのです。
これは長生きの為のひけつでもあります。
「校註 北越雪譜」野島出版より(P.39~44)
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