別冊

雪の形(北越雪譜)2018/01/04 22:45

北越雪譜初編 巻之上
   越後湯沢 鈴木  牧之 編撰
   江  戸 京山人 百樹 刪定

  ○雪の形

 凡(およそ)物を見るに眼力の限りありて其外(そのほか)を見るべからず。されば人の肉眼を以、雪をみれば一片(ひとひら)の【鵞毛(がまう)】のごとくなれども、数(す)百片(へん)の雪花(ゆき)を併合(よせあはせ)て一片(へん)の鵞毛を為(なす)也。是を【験微鏡(むしめがね)】に照し見れば天造(てんざう)の細工したる雪の形状(かたち)奇々(きゝ)妙々なる事下に図(づ)するが如し。其形の斉(ひとし)からざるは、かの冷際に於て雪となる時冷際の気運ひとしからざるゆゑ、雪の形気に応じて同じからざる也。しかれども肉眼のおよばざる至微物(こまかきもの)ゆゑ、昨日(きのふ)の雪も今日(けふ)の雪も一望の【白糢糊(はくもこ)】を為(なす)のみ。下の図は天保三年【許鹿君(きょろくくん)】の高撰雪花図説(かうせんせつくわづせつ)に在る所、雪花(せつくわ)五十五品(ひん)の内を謄写(すきうつし)にす。雪六出(ゆきりくしゆつ)を為(なす)。 御説に曰(いはく)「凡物(およそのもの)方体は 四角なるをいふ 必ず八を以て一を囲み、円体は 丸をいふ 六を以て一を囲む、定里(ぢやうり)中の定数(ぢやうすう)誣(しふ)べからず」云々。雪を【六(むつ)の花(はな)】といふ事、御説を以、しるべし。愚(ぐ)按(あんず)るに円(まろき)は天の正象(しやう)、方(かく)は地の実位(じつゐ)也。天地の気中に活動(はたらき)する万物悉(こと/”\)く方円(はうゑん)の形を失はず、その一を以、いふべし。人の体方(かく)にして方(かく)ならず、円(まろくして円からず、是天地方円の間に生育(そだつ)ゆゑに、天地の象(かたち)をはなれざる事子の親に似るに相同じ。雪の六出(りくしゅつ)する所以(ゆゑん)は物の員(かず)【長数(ちやうすう)】は陰、半数(はんすう)は陽(やう)也。人の体男は陽なるゆゑ【九出(きうしゆつ)】し 頭・両耳・鼻・両手・両足・男根 女は十出(しゆつ)す。男根なく両乳あり。九は半(はん)の陽十は長の陰也。しかれども陰陽和合して人を為(な)すゆゑ、男に無用の両乳ありて女の陰にかたどり、女に不用の陰舌ありて男にかたどる。気中に活動(はたらく)万物(ばんぶつ)此理(り)に漏(もる)る事なし。雪は活物(いきたるもの)にあらざれども変ずる所に活動(はたらき)の気あるゆゑに、六出(りくしゆつ)したる形の陰中(いんちゆう)或は陽(やう)に象(かたど)る円形(まろきかたち)を具したるもあり。水は極陰(ごくいん)の物なれども一滴(ひとしづく)おとす時はかならず円形(えんけい)をなす。落(おつ)るところに活(はたら)く萌(きざし)あるゆゑに陰にして陽の円(まろき)をうしなはざる也。天地気中の機関(からくり)定理定格(ぢやうりぢやうかく)ある事奇々妙々(きゝめう/\)愚筆に尽しがたし。
「校註 北越雪譜」野島出版より(P.8~12)

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  ○雪の形

|| 凡(およそ)物を見るに眼力の限りありて其外(そのほか)を見るべからず。
されば人の肉眼を以、雪をみれば一片(ひとひら)の【鵞毛(がまう)】のごとくなれども、数(す)百片(へん)の雪花(ゆき)を併合(よせあはせ)て一片(へん)の鵞毛を為(なす)也。

||是を【験微鏡(むしめがね)】に照し見れば天造(てんざう)の細工したる雪の形状(かたち)奇々(きゝ)妙々なる事下に図(づ)するが如し。

■人の肉眼では限界があるので微細な形までは見ることが出来ないが、虫眼鏡で見れば自然の采配の奇妙さを
観察する事ができる。

||其形の斉(ひとし)からざるは、かの冷際に於て雪となる時冷際の気運ひとしからざるゆゑ、雪の形気に応じて同じからざる也。しかれども肉眼のおよばざる至微物(こまかきもの)ゆゑ、昨日(きのふ)の
雪も今日(けふ)の雪も一望の【白糢糊(はくもこ)】を為(なす)のみ。

■雪の形も、その発生する環境によって様々な形をつくります。
ただ肉眼ではその細かい造形までは見えないので、昨日の雪も今日の雪もただ一面の曖昧模糊たる白にしか見えないのです。

||下の図は天保三年【許鹿君(きょろくくん)】の高撰雪花図説(かうせんせつくわづせつ)に在る所、雪花(せつくわ)五十五品(ひん)の内を謄写(すきうつし)にす。雪六出(ゆきりくしゆつ)を為(なす)。

■この図は、天保三(1832)年、許鹿君が著した「高撰雪花図説」に載っている雪花の55種類の形の一部を書き写したものである。
雪は六方に突出していることがわかります。

|| 御説に曰(いはく)「凡物(およそのもの)方体は 四角なるをいふ 必ず八を以て一を囲み、円体は 丸をいふ 六を以て一を囲む、定理(ぢやうり)中の定数(ぢやうすう)誣(しふ)べからず」云々。

■この図説にはこんな説明が載っている。
物の形については、方体と円体があります。
方体とは、四角のことで、8つで1つを囲む形になります。
円体とは、丸のことで、6つで1つを囲む形になる。
これは物事の道理で定まる普遍的定数なのです。嘘ではないのです。

||雪を【六(むつ)の花(はな)】といふ事、御説を以、しるべし。

■雪のことを、六花(六弁の花に譬える)ということは、この説の通りなのです。

||愚(ぐ)按(あんず)るに円(まろき)は天の正象(しやう)、方(かく)は地の実位(じつゐ)也。

■わたしも考えてみました。
円形は天の本来の形で、方形は地に顕れる実際の形といえるでしょう。

||天地の気中に活動(はたらき)する万物悉(こと/”\)く方円(はうゑん)の形を失はず、その一を以、いふべし。

■天地の気の中で活動する森羅万象は全て方と円(四角と丸)の形をしているのです。

||人の体方(かく)にして方(かく)ならず、円(まろ)くして円からず、是天地方円の間に生育(そだつ)ゆゑに、天地の象(かたち)をはなれざる事子の親に似るに相同じ。

■人の形は、四角いようで四角ではない、丸いようで丸でもない。
これは天地の丸と四角が合わさって作られているからです。
天と地の元の形を継承しているのは、子どもが親に似ることと同じことなのです。

||雪の六出(りくしゅつ)する所以(ゆゑん)は物の員(かず)【長数(ちやうすう)】は陰、半数(はんすう)は陽(やう)也。

■雪が六方に突出する理由は、物の数で表すと、長数(偶数)は陰、半数(奇数)は陽なのです。
「丁か半か?」のサイコロの目なのですね。

||人の体男は陽なるゆゑ【九出(きうしゆつ)】し 頭・両耳・鼻・両手・両足・男根 女は十出(しゆつ)す。男根なく両乳あり。九は半(はん)の陽十は長の陰也。しかれども陰陽和合して人を為(な)すゆゑ、男に無用の両乳ありて女の陰にかたどり、女に不用の陰舌ありて男にかたどる。気中に活動(はたらく)万物(ばんぶつ)此理(り)に漏(もる)る事なし。

■人体でいうと、男は陽で女が陰。
その訳ば、男が九出で女が十出。
男の九出とは、頭・両耳・鼻・両手・両足・男根で突出部が9つ、これが陽。
女の十出とは、男根の代りに乳が二つで都合10となる、これが陰なのです。
そして陰と陽の和合(まぐわい)が人としての状態となるのです。
それで、男には無用の乳が女の陰部と対応し、女には不要の陰舌が男のそれに対応するのです。
このように、気中の万物はすべからくこの道理から逸脱する事はないのです。

||雪は活物(いきたるもの)にあらざれども変ずる所に活動(はたらき)の気あるゆゑに、六出(りくしゆつ)したる形の陰中(いんちゆう)或は陽(やう)に象(かたど)る円形(まろきかたち)を具したるもあり。

■雪は生き物ではないのですが、変化することは気の活動そのものであるので、六弁の陰となったり、丸い陽の形で顕れるものもあるのです。

||水は極陰(ごくいん)の物なれども一滴(ひとしづく)おとす時はかならず円形(えんけい)をなす。落(おつ)るところに活(はたら)く萌(きざし)あるゆゑに陰にして陽の円(まろき)をうしなはざる也。

■水については、そのものは陰ですが、雫として落ちるときには必ず球体(円形)となるのです。
変化の兆しに気が作用するので、陰から和合していた陽(丸)が顕れるのです。

||天地気中の機関(からくり)定理定格(ぢやうりぢやうかく)ある事奇々妙々(きゝめう/\)愚筆に尽しがたし。

■かくのごどくして、奇妙奇天烈に見えても天と地の働きには一定のきまりがあるのです。
それらの真髄についてはわたしの表現と理解では説明がし尽くせないのですネ。

高撰雪花図説(謄写)



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