雪を掃(はら)ふ(北越雪譜) ― 2018/01/09 22:27
北越雪譜初編 巻之上
越後湯沢 鈴木 牧之 編撰
江 戸 京山人 百樹 刪定
○雪を掃(はら)ふ
雪を掃うは落花をはらふに対(つゐ)して風雅の一ツとし、和漢の吟詠あままた見えたれども、かゝる大雪をはらふは風雅の状(すがた)にあらず。初雪の積りたるをそのまゝにおけば、再び下(ふ)る雪を添へて一丈にあまる事もあれば、一度降(ふれ)ば一度掃ふ。雪浅ければ、のちふるをまつ。是を里言(さとことば)に雪堀(ゆきほり)といふ。土を掘るがごとくするゆゑに斯(かく)いふ也。掘ざれば家の用路(ろ)を塞(ふさ)ぎ、人家を埋(うづめ)て人の出(いづ)べき処もなく、力強(ちからつよき)家も幾万斤(いくまんきん)の雪の重量(おもさ)に推砕(おしくだかれ)んをおそるゝゆゑ、家として雪を掘ざるはなし。掘るにては木にて作りたる鋤(すき)を用ふ。里言(りげん)に〔こすき〕といふ。則(すなはち)木鋤(こすき)也。椈(ぶな)といふ木をもつて作る。木質(きのしやう)軽強(ねばく)して折(をる)る事なく且(かつ)軽し。形は鋤に似て刃広し。雪中第一の用具なれば山中の人これを作りて里に売(うる)。家毎(いへごと)に貯(たくはへ)ざるはなし。雪を掘る状態(ありさま)は図(づ)にあらはしたるが如し。堀たる雪は空地の人に妨(さまたげ)なき処へ山のごとく積(つみ)上る。これを里言(りげん)に〔堀揚(ほりあげ)〕といふ。大家は家夫(わかいもの)を尽して力たらざれば、堀夫(ほりて)を傭(やと)ひ幾十人の力を併(あはせ)てて一時に掘尽す。事を急(きふ)に為すは、掘る内にも大雪下れば立地(たちどころ)に堆(うづたか)く人力におよばざるゆゑ也。掘(ほ)る処図(づ)には人数(にんず)を略してゑがけり。右は大家をいふ。小家の貧(まづ)しきは堀夫(ほりて)をやとふべきも費(つひえ)あれば男女をいはず一家雪をほる。吾里にかぎらず雪ふかき処は皆然(しか)なり。此雪いくばくの力をつひやし、いくばくの銭を費し、終日ほりたる跡へその夜大雪降り、夜明て見れば元のごとし。かゝる時は主人(あるじ)はさら也、下人(しもべ)も頭(かしら)を低(たれ)て嘆息(ためいき)をつくのみ也。大抵雪あるごとに掘(ほる)ゆゑに、里言(りげん)に一番掘二番堀といふ。
「校註 北越雪譜」野島出版より(P.16~17)
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○雪を掃(はら)ふ
|| 雪を掃うは落花をはらふに対(つゐ)して風雅の一ツとし、和漢の吟詠あままた見えたれども、かゝる大雪をはらふは風雅の状(すがた)にあらず。
■雪を払う所作は、落花を払うと対になるような優雅な趣きとして詩歌にも詠われるますが、これだけの大雪を何とかする場合には、とても風雅風流を語ってはいられないのです。
||初雪の積りたるをそのまゝにおけば、再び下(ふ)る雪を添へて一丈にあまる事もあれば、
■初雪から降った雪をそのままにしておくと、どんどんと新たな雪が積もって、はては3メートルにもなってしまうのです。
何度でもいいますが、これは降雪量ではなくて積雪高ですから。
||一度降(ふれ)ば一度掃ふ。雪浅ければ、のちふるをまつ。是を里言(さとことば)に【雪堀(ゆきほり)】といふ。土を掘るがごとくするゆゑに斯(かく)いふ也。
■一回降れば一回払うのです。ほんの少しだったら次に降るまで待ちますが。
この所作を、その地方では〔雪掘り〕と言います。まるで土を掘るようにするので、この様に言うのです。
||掘ざれば家の用路(ろ)を塞(ふさ)ぎ、人家を埋(うづめ)て人の出(いづ)べき処もなく、力強(ちからつよき)家も幾万斤(いくまんきん)の雪の重量(おもさ)に推砕(おしくだかれ)んをおそるゝゆゑ、家として雪を掘ざるはなし。
■掘らないでおくと家の前の道を塞いでしまい、家ごと埋まってしまい、出入する場所も無くなってしまい、頑丈な家であっても雪の重さで押し潰されてのです。
だから先ずは家の周りの雪を掘るしかないのです。
||掘るにては木にて作りたる鋤(すき)を用ふ。里言(りげん)に〔こすき〕といふ。則(すなはち)木鋤(こすき)也。椈(ぶな)といふ木をもつて作る。
■雪を掘る道具としては、木製の鋤を使います。この鋤のことを〔こすき〕と言います。
木の鋤なので、木鋤(こすき)なのです。ブナの木で作ります。
※奥会津では、コーシキとかコーシキ箆(べら)と言っています。
||木質(きのしやう)軽強(ねばく)して折(をる)る事なく且(かつ)軽し。形は鋤に似て刃広し。雪中第一の用具なれば山中の人これを作りて里に売(うる)。家毎(いへごと)に貯(たくはへ)ざるはなし。
■ブナの用材は、粘りがあり折れにくくそして軽いのです。
形は、鋤に似ていて、刃の部分が広い形です。
コシキを具えていない家はありません。
||雪を掘る状態(ありさま)は図(づ)にあらはしたるが如し。
■雪掘りの図です。
||堀たる雪は空地の人に妨(さまたげ)なき処へ山のごとく積(つみ)上る。
これを里言(りげん)に〔堀揚(ほりあげ)〕といふ。
■掘った雪は空地の往来の邪魔にならない場所に山の様に積上げます。
これを、掘揚げといいます。
||大家は家夫(わかいもの)を尽して力たらざれば、堀夫(ほりて)を傭(やと)ひ幾十人
の力を併(あはせ)てて一時に掘尽す。
■大きな家(大家族だったりその地の名家(カネモチ)だったり)では、その家の〔若者〕だけでも足りない
場合には、
掘り手(人足)を雇って、数十人もよってたかって一回で掘り尽くしてしまうのです。
||事を急(きふ)に為すは、掘る内にも大雪下れば立地(たちどころ)に堆(うづたか)く
人力におよばざるゆゑ也。
■一気に雪堀をしないといけないのは、掘ってるうちにももっさもっさと雪が降り続くと、もう人の力で掘り
尽くせなくなってしまうのです。
||掘(ほ)る処図(づ)には人数(にんず)を略してゑがけり。
■掘っている図は、人数は略して描かれています。
||右は大家をいふ。
小家の貧(まづ)しきは堀夫(ほりて)をやとふべきも費(つひえ)あれば男女をいはず
一家雪をほる。
■このような作業が出来るのは、カネモチの家のことです。
小家族でビンボーな家では、人夫を雇う事など出来ないので、男も女も一家総出で雪を掘ります。
||吾里にかぎらず雪ふかき処は皆然(しか)なり。
■我が北越魚沼の地に限らず、雪の深い場所では、どこでもこのようなありさまになるのです。
||此雪いくばくの力をつひやし、いくばくの銭を費し、終日ほりたる跡へその夜大雪降り、
夜明て見れば元のごとし。
■大変な力を尽くして、金を使って(人を雇って)一日中掘っても、その後に大雪になると、翌朝には全く同
じ景色に戻ってしまうのです。
||かゝる時は主人(あるじ)はさら也、下人(しもべ)も頭(かしら)を低(たれ)て嘆息
(ためいき)をつくのみ也。
■このような大雪のときには、一家の主人は勿論、雇われた人たちも、がっくりと首をたれて、ため息をつく
ばかりです。
※はあ、よっぱになった~。
||大抵雪あるごとに掘(ほる)ゆゑに、里言(りげん)に〔一番掘二番堀〕といふ。
■この様に、大雪があるたびに掘出す作業をするので、この地方では何回目の掘出し作業かを、一番掘・二番掘、というふうに呼んでいます。
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