別冊 恵比塵

110716_気多神社にて2011/07/20 00:46


110716_気多神社にて
大芦村(つまり昭和時代よりも昔)からの寄進の灯篭もある。

気多神社石段上の境内内石道に埋められた石。文字らしい跡が見えるのである。
作り損ねた石碑の石をそのまま石道にするのだろうか。文字が書かれた石を踏んづけるのは気分的に抵抗あるような気がする。このつくりはほとんど近代(昭和時代とか)になっての構築なのか。
翌日にK氏と散策して気づいたことであるが、近所の家の庭にはこれらの石よりももっともっと立派(大掛かり)な石(かつ未加工状態のまま)があるのである。



110716_からむし織の里へ2011/07/20 01:03



110716_からむし織の里へ
蔓性野菜の為の畝。きゅうりかトマトかササギか瓜か、生えてくる植物はこの結構を頼りとして成長する。
昔から見かけてはいたが、これを「手柴」と呼ぶということを知ったのはつい最近のことである。
この柴は畑に生えているのではない。山から伐ってきた雑木の枝である。
柴(シバ)は「昔々、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に」の柴である。
まさか、芝刈りと思った人はいないと思うが(笑)。
里山の雑木はそれによって剪定され、主幹がまっすぐに育つのである。
主幹がまっすぐに育つということは、いや、生半可な知ったかぶりは、はい!ここまで。


11/07/24 追記
青文字は、訂正しました。
Kさん、ご指摘ありがとうございました。

国道400号線。



正調からむし畑。こんもりぎっしりとからむしが成長する。

110716_からむし織の里フェア風景12011/07/20 02:11


110716_からむし織の里フェア風景1











陶芸人さんとその師匠と村の教育委員会のH氏。
陶芸人さんは坂下町から師匠と一緒にいらっしゃった、という。
去年のお盆に小中津川の渡御祭で初めてお会いした。
これから大芦の『大芦家』に向かうというので「荷台に俺も乗せてけ!」こっちは酒気帯び。
むろん、断られました(笑)。

110716_からむし織の里フェア風景22011/07/20 02:45

拡大画像機能に付いては、少しだけ配慮しています。アップロードの手違いではありません(笑)

110716_からむし織の里フェア風景2





中学校時代、1年から3年まで担任だった、長谷川先生にばったり遭遇した。
ビールもだいぶすすんでいたので抱きついた。
先生は昭和中学校が大学卒業後のはじめての赴任だった。つまり、新米先生だったのである。
私も大芦小学校卒業後の始めての新米中学生だった。
先生のお子さんは今年から、カスミ草栽培で昭和村へ移住された。
初めての中学校の赴任地だった過疎村にご自分の子供が住もうとするのである。
うれしいことではないか、元原住民であった生徒としては十分の一くらいは先生に影響を与えた結果ではないだろうかと思うと、うれしいのである。
実は、長谷川先生の嫁さん(伴侶)は、初めての赴任地昭和村の方なのである。
従って、これ以上の押付けの詮索はしないことにしておくのである。


110716_からむし織の里フェア風景・ステージ2011/07/20 03:06


110716_からむし織の里フェア風景・ステージ





すこし緊張気味(^^;



なにやら、ほんわりと余裕だ(笑)

110716_からむし織の里フェア風景32011/07/20 03:17


110716_からむし織の里フェア風景3





五十嵐道夫さんの作品

別冊 恵比塵