別冊

9月25日小中津川2010/09/29 00:51

9月25日小中津川にて

9月25日小中津川
義弟がコンクリートを擦りながら草刈り中。
面白そうだが、装備と体力(運動能力)とメカ音痴の問題等々で筆者は見てるだけ~。

進さんの家の前の畑、これが正調の「柴の手」によるハウスである。


近所の蔵の壁。蔵の壁を白くする理由は見栄えだけではないのかも。


小中津川集落の範囲は、柳沢(折橋)の沢とこの沢(旧道は橋がある)が境界線だったのではないかと妄想する。
境界を示すように、胡桃の木が残っている。一昨年か去年あたりに沢沿いに桜の木が植えられている。
どなたかが苗木を寄進したらしい。そのうちに、ここは桜の名所となるか。

旧診療所の庭のケヤキ。



旧診療所。
昭和村出身者の方でこの画像を見たら、きっと懐かしがる人は沢山いらっしゃるはずである。
おそらく、なんとかしたい!と思う人も、、、

9月25日スタディツアー(私設)2010/09/29 01:02

9月25日スタディツアー(私設)
わたし(筆者)が、昭和村滞在のアナウンスをしておいたので、本日は孝雄さんから開店準備中の大芦家で昼食でも、とのお招きをいただいた。
K氏も一緒。K氏からは「大雨でなかったら、フィールドワーク、長靴と傘を準備されたし」とメールが入った。
うれしい。前回のスタディツアーのコースを同氏が反芻しながら廻ってくださるのである。

9月25日スタディツアー(私設)
K氏の軽トラで、両原方面へ。フィールドワークに同行(案内)させていただいた。
この山に、等高線に沿った二つの道があるらしいという仄聞を又聞き。



すわ、路上に未確認生物が!これは、路上に遊んでいたカラス。意図してブラせたわけではない。

喰丸集落へ。K氏の話を聞きながら時々メモをしていると、カメラがおろそかになる。
後でノートのメモ(殴り書き)を見てみた。自分で書いたのに読めないのである。
読めるところを書き写すと、
「への字山」「喰丸●?」「両原の先がせまい」「こしまき」「根堀場」「すなごはら」「てんぐやしき」
「古屋敷」「両原は村が焼かれた」「古やしき(写):(=写真を撮ったというメモらしい)」「あたご」「赤倉木地」「最前線」、、などとある。

木地師の墓らしい、この場所は馬場勇吾さんが調査して記録に残している場所である。

同地。これらの墓の墓碑(戒名?)の記録も同氏(馬場勇吾さん)が


その奥にもわたしには自然石とも人工石とも判別できない石がある。
ひょっとして礎石かも知れない大きな石もある。





K氏の見立てによれば、これらのきのこ類は昨日あたりから急に繁茂した。



じゅうねん。


一旦車に戻りUターンできる場所まで。
そこに、きのこなどの直売所があった。
羽染兵吉さんの奥様が、「今日はじめてきのこを並べた」という。
このサクラシメジは、一ヶ所で採取したものだという。
サクラシメジ、去年の今頃に初めて耳にした事を受け売りするのだが、これが別名「鱒(ます)ダケ」というきのこではないかと思い当たった。
【参考:2009年秋の入口】
http://www.asahi-net.or.jp/~KD5J-IGRS/trip090919/index.htm
ここから両原集落に戻って、赤坂を通って大芦へと行くのであるが、まだまだフィールドワークの途上である。
ここからの出来事は、「別冊恵比塵」ではなく『恵比寿塵報』に仕立てようと思っているのだが、本文記事がまだ書けないのである。

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