雪中の洪水(北越雪譜)3/3 ― 2018/01/17 00:48
北越雪譜初編 巻之上
越後湯沢 鈴木 牧之 編撰
江 戸 京山人 百樹 刪定
○雪中の洪水(こうずゐ) 3/3
又仲春の頃の洪水は大かたは春の彼岸前後也。雪いまだ消(きえ)ず、山々はさら也。田圃(たはた)も渺々(べう/\)たる曠平(くわうへい)の雪面なれば、枝川(えだかは)は雪に埋(うづも)れ水は雪の下を流れ、大河といへども冬の初より岸の水まづ氷(こほ)りて氷の上に雪をつもらせ、つもる雪もおなじく氷りて岩のごとく、岸の氷りたる端次第に雪ふりつもり、のちには両岸の雪相合(あひがつ)して陸地とおなじ雪の地となる。さて春を迎へて寒気次第に和らぎ、その年の暖気につれて雪も降止(ふりやみ)たる二月の頃、水気(すゐ
き)は地気よりも寒暖を知る事はやきものゆゑ、かの水面に積りたる雪下(した)より解(とけ)て、凍りたる雪の力も水にちかきは弱くなり、流は雪に塞(ふさが)れて狭くなりたるゆゑ水勢ます/\烈しく、陽気を得て雪の軟(やはらか)なる下を潜り、堤(つゝみ)のきるゝがごとく、譬(たとへ)にいふ寝耳に水の災難にあふ事、雪中の洪水寒国の艱難、暖地の人憐(あはれみ)給へかし。右は其一をいふのみ。雪中の洪水地勢によりて種々各々(さま/”\)なり。詳(つまびらか)には弁じがたし。
「校註 北越雪譜」野島出版より(P.22~27)
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○雪中の洪水(こうずゐ) 3
〈春の洪水〉
|| 又仲春の頃の洪水は大かたは春の彼岸前後也。
■仲春(陰暦二月)の頃の洪水の時期は、だいたい春の彼岸の前後となります。
||雪いまだ消(きえ)ず、山々はさら也。田圃(たはた)も渺々(べう/\)たる曠平(くわうへい)の雪面なれば、枝川(えだかは)は雪に埋(うづも)れ水は雪の下を流れ、
■この頃、雪はまだ消えません、山々はもっと消えません。
田畑や野原も渺々(びょうびょう)としてまっ平らな雪の原です。
支流の川は雪に埋もれたままで水は雪の下を流れています。
■大河といへども冬の初より岸の水まづ氷(こほ)りて氷の上に雪をつもらせ、つもる雪もおなじく氷りて岩のごとく、岸の氷りたる端次第に雪ふりつもり、のちには両岸の雪相合(あひがつ)して陸地とおなじ雪の地となる。
■大きな川でも、初冬には水は岸から凍りついてその上に雪が積ります。
積った雪も凍り付いて岩のようになります。
岸の方から次第に雪が覆ってきて、しまいには両岸の雪が繋がって、陸地と同じ雪の原の光景となるのです。
||さて春を迎へて寒気次第に和らぎ、その年の暖気につれて雪も降止(ふりやみ)たる二月の頃、水気(すゐき)は地気よりも寒暖を知る事はやきものゆゑ、かの水面に積りたる雪下(した)より解(とけ)て、凍りたる雪の力も水にちかきは弱くなり、流は雪に塞(ふさが)れて狭くなりたるゆゑ水勢ます/\烈しく、陽気を得て雪の軟(やはらか)なる下を潜り、堤(つゝみ)のきるゝがごとく、譬(たとへ)にいふ寝耳に水の災難にあふ事、雪中の洪水寒国の艱難、暖地の人憐(あはれみ)給へかし。
■春を迎えて寒気は次第に和らぎます。
少しずつ暖かくなるにつれて、雪もあまり降らなくなってくる二月(陰暦)の頃。
水気は弛気よりも温度に敏感なので、水面に積もった雪が下から解けていき、凍っていた雪も水に当るところから軟弱になります。
水の流れ道は雪に塞がれていて狭いので、流れは強く激しくなってきます。
水は陽気を受けて、軟らかい雪の下を伏流しているのです。
それが、堤防が決壊するように、いきなり洪水となって顕れるのです。
全く「寝耳に水」の譬えのような水の災害に遇ってしまうのです。
雪の積らない地方の方々よ、雪中の洪水、寒い雪国の艱難辛苦を憐れんでくれたまえ。
||右は其一をいふのみ。雪中の洪水地勢によりて種々各々(さま/”\)なり。詳(つまびらか)には弁じがたし。
■これはその一例を示しただけの事です。
〔水あがり〕はその場所の地形によっては、様々な形で発生するのです。
いちいちはとても書ききれないのです。
(※本が出来上がらない、と)
熊捕(北越雪譜)1/7 ― 2018/01/17 21:51
北越雪譜初編 巻之上
越後湯沢 鈴木 牧之 編撰
江 戸 京山人 百樹 刪定
○熊捕(くまとり) 1/7
越後の西北は大洋(おほうみ)に対して高山(かうざん)なし。東南は連山巍々(ぎゝ)として越中上信奥羽の五か国に跨(またが)り、重岳(ちようがく)高嶺(かうれい)肩を並べて数(す)十里をなすゆゑ、大小の獣(けもの)甚(はなはだ)多し。此獣雪を避て他国へ去るもあり、さらざるもあり、動(うごか)ずして雪中に穴居(けつきよ)するは熊のみ也。
熊胆(くまのい)は越後を上品とす。雪中の熊胆はことさらに価貴(あたひたつと)し。其重価(ちようくわ)を得んと欲して、春暖を得て雪の降止(ふりやみ)たるころ出羽(では)あたりの猟師(れふし)ども五七人心を合せ、三四疋の猛犬(まうけん)を牽(ひ)き米と塩と鍋を貯へ、水と薪(たきゞ)は山中在(あ)るに随(したがつ)て用をなし、山より山を越(こえ)、昼は猟(かり)して獣を食とし、夜は樹根(きのね)岩窟を寝所(ねどころ)となし、生木を焼(たい)て寒(さむさ)を凌(しのぎ)且(かつ)明(あかし)となし、着たまゝにて寝臥(ねふし)をなす。頭(かしら)より足にいたるまで、身に着る物悉く獣の皮をもつてこれを作る。遠く視れば猿にして顔は人也。金革(きんかく)を衽(しきね)にすとはかゝる人をやいふべき。
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○熊捕(くまとり) 1/7
|| 越後の西北は大洋(おほうみ)に対して高山(かうざん)なし。東南は連山巍々(ぎゝ)として越中上信奥羽の五か国に跨(またが)り、重岳(ちようがく)高嶺(かうれい)肩を並べて数(す)十里をなすゆゑ、大小の獣(けもの)甚(はなはだ)多し。
■越後の国の地勢と動物
越後国在北西日本海 而不在高山哉
連山東南巍巍 跨越中上信奥羽五国
高嶺重岳比肩数十里 多大小獣棲甚
牧之(偽)
連山東南巍巍 跨越中上信奥羽五国
高嶺重岳比肩数十里 多大小獣棲甚
牧之(偽)
越後国在北西日本海 而不在高山哉
えちごのくにの いぬゐ(乾)には
おおきなひろい うみがあり
おおきなひろい うみがあり
連山東南巍巍 跨越中上信奥羽五国
たつみ(巽)にやまやま まわりをつつむ
えっちゅうじょうしんおううのくにを
えっちゅうじょうしんおううのくにを
高嶺重岳比肩数十里 多大小獣棲甚
かさなるやまとたかいみね
かたをならべて すうじゅうり
そこにはけだものたくさんすんで
みやまじねん(深山自然)のくにだもの
ぼくし・だもの(うそぴょん♪)
かたをならべて すうじゅうり
そこにはけだものたくさんすんで
みやまじねん(深山自然)のくにだもの
ぼくし・だもの(うそぴょん♪)
※乾(いぬゐ、西北)と巽(たつみ、東南)のことは、『初雪(はつゆき)』の条(P.13)を。
http://yebijin.asablo.jp/blog/2018/01/07/8764480
【巍巍(ぎぎ)】高く大きいさま。雄大でおごそかなさま。
||此獣雪を避て他国へ去るもあり、さらざるもあり、動(うごか)ずして雪中に穴居(けつきよ)するは熊のみ也。
■これらは、冬の間は雪を避けて雪の無い地方に移り住む動物と、移動しない動物がいます。
動かないで雪中に穴の中に住んでいるのは熊だけです。
※『雪蟄(こもり)』の条(P.20)では、“雪中に籠り居て朝夕をなすものは人と熊犬猫也”
と自虐してもいらっしゃる(笑)。
http://yebijin.asablo.jp/blog/2018/01/13/8769225
||熊胆(くまのい)は越後を上品とす。雪中の熊胆はことさらに価貴(あたひたつと)し。
■熊胆(くまのい、ゆうたん)は越後の産物が高級品といわれます。
そして冬の熊胆が特に価値があるのです。
||其重価(ちようくわ)を得んと欲して、春暖を得て雪の降止(ふりやみ)たるころ出羽(では)あたりの猟師(れふし)ども五七人心を合せ、三四疋の猛犬(まうけん)を牽(ひ)き米と塩と鍋を貯へ、水と薪(たきゞ)は山中在(あ)るに随(したがつ)て用をなし、山より山を越(こえ)、昼は猟(かり)して獣を食とし、夜は樹根(きのね)岩窟を寝所(ねどころ)となし、生木を焼(たい)て寒(さむさ)を凌(しのぎ)且(かつ)明(あかし)となし、着たまゝにて寝臥(ねふし)をなす。
■その高価な熊胆を狙う人びとがいるのです。
春先になって雪も降らなくなる季節になると、出羽(現在の秋田・山型県)の方から猟師がやって来るのです。
5人とか7人ほどでチームを組んで、3,4匹の猛犬を引き連れています。
米と塩と鍋を携帯しています。水と燃料(薪)は山中のその場で調達して、山から山へ移動するのです。
昼間は狩猟をしてその肉を食用とします。
夜は木の根の洞や岩穴を塒(ねぐら)にしています。
生木を伐って燃やして寒さ凌ぎと明かりにします。
着の身着のままで寝起きします。
||頭(かしら)より足にいたるまで、身に着る物悉く獣の皮をもつてこれを作る。遠く視れば猿にして顔は人也。金革(きんかく)を衽(しきね)にすとはかゝる人をやいふべき。
■頭の天辺から足の先まで身に着けるものは全て獣の皮で作った衣裳です。
遠くから見ると、姿格好は猿で顔だけが人なのです。
「金革(きんかく)を衽(しきね)にす」ということばがあります。
まさにこのような姿の人を謂うのでしょう。
※手に負えないので簡便辞書引きも中止、素養のある人は調べてね(^^;
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