110811_会津稽古堂 ― 2011/08/18 00:17
実は、3年間過ごした高校生時代に「会津図書館」という施設があったことも知らないで過ごした。
たまたま歩いた先に、「生涯学習センター」という名の大きな建物があった。
会津図書館が新しくなった、というのをTwitterなどで見かけていただけであった。
実は近所にあるらしい飲み屋を探していたのだが、その店を見つける前にこの建物に遭遇したのでした。
隣りを歩いていた夫婦の話が聞こえた。
「なんだって、たいした建物がでぎだごと!」「東京と同んなじだぁな」。
ちなみに「會津図書館」というのは、〔会津図書館は文部省認可の日本第1号の市立図書館として明治37年2月11日に開館〕したと説明パネルにあった。
うがったようなことを書くと、戊辰戦争以来三十数年を経て、国がやっとのことで自省して「会津」を認めた、ということではないのか。と、今更ながら会津の先人のことを思うのである。
うがったようなことを書くと、戊辰戦争以来三十数年を経て、国がやっとのことで自省して「会津」を認めた、ということではないのか。と、今更ながら会津の先人のことを思うのである。
Twitterより引用。
11日に、会津若松市内を行き当たりばったりで徘徊した。稽古堂(会津図書館)に行き当たった。入ってみた。開架本棚に、「会津の堰」とか、「会津農書」などの背表紙もがみえました。これは御常連の某氏の働きかけかも、と思った。
yebijin
2011年08月16日(火) posted at 17:17:17
110811_大町通り ― 2011/08/18 00:31
110811_花を買う ― 2011/08/18 01:37
両親の暮らす会津若松に久しぶりに帰った。
母が、熱中症気味に風邪を併発して動けない。
今年は奥会津の某村に墓参りには行けないと言う。
墓参りどころか、外に出るのも億劫だという。
自転車に乗って、ヨークベニマルに惣菜と自分が飲むための酒を買いに行った。
両親の住んでいる、団地は迷路のような道路である。
そのヨークベニマルにたどり着くのに、周りを2周ほどして(2度ほど通りすがりの人に道順を尋ねたにも関わらず!)やっとたどり着いた。
母が、熱中症気味に風邪を併発して動けない。
今年は奥会津の某村に墓参りには行けないと言う。
墓参りどころか、外に出るのも億劫だという。
自転車に乗って、ヨークベニマルに惣菜と自分が飲むための酒を買いに行った。
両親の住んでいる、団地は迷路のような道路である。
そのヨークベニマルにたどり着くのに、周りを2周ほどして(2度ほど通りすがりの人に道順を尋ねたにも関わらず!)やっとたどり着いた。
花屋のコーナーがあった。お盆である、せめてもと思い仏壇に飾る花を買おうと思った。
棚を見ると染色カスミ草がある。何故ここに?もしや?と思い、店員に尋ねてみると、もしや?のとおり、奥会津某村の染色カスミ草だった。
母のため、いやご先祖のためを主目的として、いままで花を買ったことはない。ましてや、妻へのプレゼントとして花など買ったこともない。
(いや、妻の話はこの際どうでもよろしい)。
「なんだって、たいした花を買ってきたこと!」と母は言った。
【ここまでは事実である】
「なんだって」は、息子が花を買ってくるなどということは思いもよらない(想定外)ことだったことに対する感嘆の言葉だったのだろう。
「『ボン花』ではねーがな、これは昭和村の花だぁぞー」。
わたしは、それだけ言うのが精一杯だった。←こらぁ、また脚色したか!、、、ということにしておこう(^^;
公開用に意図したわけではありませんが、ピンボケになってしまいました(笑)
110812_博士峠経由 ― 2011/08/18 23:19
会津若松から、兄の車に同乗して昭和村に向かう。
会津若松在住の兄は、定年を前にして会社を辞めて、今はF県の「川の案内人」と「森の案内人」をしているという。
先月の親類の葬儀で、兄とは久しぶりに逢って話をした。
久しぶりとは、二十年ほどの経過であった。
311以後は案内人ではなく川の草刈人だったり掃除人だったり、7月末の新潟福島豪雨の後は某ダムの流木片付け人だったりしているらしい。
んなことまで書いていいのか、まあ、いいことにしよう。
間違って仕事につながるかもしれないし、奥会津情報とつながりということでは、わたしのほうが凌駕しているという変な自信を持っている(笑)
んなことまで書いていいのか、まあ、いいことにしておこう。
会津若松在住の兄は、定年を前にして会社を辞めて、今はF県の「川の案内人」と「森の案内人」をしているという。
先月の親類の葬儀で、兄とは久しぶりに逢って話をした。
久しぶりとは、二十年ほどの経過であった。
311以後は案内人ではなく川の草刈人だったり掃除人だったり、7月末の新潟福島豪雨の後は某ダムの流木片付け人だったりしているらしい。
んなことまで書いていいのか、まあ、いいことにしよう。
間違って仕事につながるかもしれないし、奥会津情報とつながりということでは、わたしのほうが凌駕しているという変な自信を持っている(笑)
んなことまで書いていいのか、まあ、いいことにしておこう。
小野川で見かけた畑。
110812_大芦集落 ― 2011/08/18 23:57
兄の車に同乗しての続き。
まずは、大芦家を紹介しようと思った。
突然訪ねたら、お客で満員である。
わたしは外で待つことにした。少し暑いが、外で待つと一服出来るし(笑)。
兄は「そこらへんを廻ってみるわ」と言って車で出かけた。
大芦家のマスター(孝雄さん)が、「座れますよー」と声を掛けてくれた。
早速、兄の携帯に電話をするが、既に「圏外」でつながらない。
大芦在住のスミ姉(母の同級生)がいらっしゃった。
わたしは2年前から顔なじみになっていたので、スミ姉とはツーカーの仲である。
スミ姉は帰省してきた家族を連れて昨日も今日も大芦家に日参しているという。
兄に「母ちゃんの同級のスミ姉だぞ」と紹介するが、兄は「スミ姉」と言っても誰なのかがわからない。
ったく!、と憤慨しているうちにお互いに話をしていてやっと思い出したらしい。
わたしは2年前から顔なじみになっていたので、スミ姉とはツーカーの仲である。
スミ姉は帰省してきた家族を連れて昨日も今日も大芦家に日参しているという。
兄に「母ちゃんの同級のスミ姉だぞ」と紹介するが、兄は「スミ姉」と言っても誰なのかがわからない。
ったく!、と憤慨しているうちにお互いに話をしていてやっと思い出したらしい。
大芦の沿道にある目立った木。昔は道路沿いに目印となる木(梨の木とかイチョウの木とか桜の木とか)などがあったと思うが、今はとんと見かけなくなってしまった。
この木は山崎の手前の新屋敷(あらやしき)という地名のところにある。
兄もこの木が気になったらしい。
車から降りて観察した。が、木の名前を同定できない。「森の案内人」となったからか、木の名前を思い出そうとしていた。
何だっけか?わたしも気になった。車に戻った時に兄は「あっ」と言った。
ほぼ同時に、わたしも、もやもやしながらも想起した。「エンジュ」の木かな?と
はたして「エンジュ」の木であったのである。
何故そんなことにあたりをつけられたのか?とご不審に思われるかもしれない。
が、わたしは一度、昭和村の地名を蒐集したことがある。
その時に、大芦に『槐ノ木(大芦)。えんじゅ(ず)のき。』という地名があることを知ったのである。
その証憑はこれ↓。
【昭和村のあいうえお 追補 】
http://www.asahi-net.or.jp/~KD5J-IGRS/showa_aiueo/annotation.htm#ee_01
ただ、それが大芦のどの場所の地名かまでは調べなかった、かつ、「エンジュ」という木の実物をを知らないのである。
そして、この写真の場所はわたしの記憶では、「新屋敷(あらやしき)」という地名なのである。
今もって、この木の写真の場所が本当に『槐ノ木(えんじゅ(ず)のき)』という地名なのかまでは確認していない。
これは、ぜひとも「森の案内人」の「タダあんにゃ(唯雄兄)」に調べてもらいたい!
この木は山崎の手前の新屋敷(あらやしき)という地名のところにある。
兄もこの木が気になったらしい。
車から降りて観察した。が、木の名前を同定できない。「森の案内人」となったからか、木の名前を思い出そうとしていた。
何だっけか?わたしも気になった。車に戻った時に兄は「あっ」と言った。
ほぼ同時に、わたしも、もやもやしながらも想起した。「エンジュ」の木かな?と
はたして「エンジュ」の木であったのである。
何故そんなことにあたりをつけられたのか?とご不審に思われるかもしれない。
が、わたしは一度、昭和村の地名を蒐集したことがある。
その時に、大芦に『槐ノ木(大芦)。えんじゅ(ず)のき。』という地名があることを知ったのである。
その証憑はこれ↓。
【昭和村のあいうえお 追補 】
http://www.asahi-net.or.jp/~KD5J-IGRS/showa_aiueo/annotation.htm#ee_01
ただ、それが大芦のどの場所の地名かまでは調べなかった、かつ、「エンジュ」という木の実物をを知らないのである。
そして、この写真の場所はわたしの記憶では、「新屋敷(あらやしき)」という地名なのである。
今もって、この木の写真の場所が本当に『槐ノ木(えんじゅ(ず)のき)』という地名なのかまでは確認していない。
これは、ぜひとも「森の案内人」の「タダあんにゃ(唯雄兄)」に調べてもらいたい!
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