別冊 恵比塵

雪中の洪水(北越雪譜)1/32018/01/16 21:56

(投稿都合で、章節を分けています(掲載子))

北越雪譜初編 巻之上
   越後湯沢 鈴木  牧之 編撰
   江  戸 京山人 百樹 刪定

 ○雪中の洪水(こうずゐ) 1/3

 大小の川に近き村里(むらさと)、初雪の後洪水の災(わざわひ)に苦(くるし)む事あり。洪水を此国の俚言(りげん)に水揚(みづあがり)といふ。余一年(ひとゝせ)関(せき)といふ隣駅(りんえき)の親族油屋が家に止宿せし時、頃は十月のはじめにて雪八、九尺つもりたるをりな
りしが、夜半にいたりて近隣の諸人叫び呼(よば)はりつゝ立騒ぐ声に睡(ねふり)を驚(おどろか)し、こは何事やらんと胸もをどりて臥(ふし)たる一間(ひとま)をはせいでければ、家の主(あるじ)両手(りやうて)に物を提(さげ)、水あがり也、とく/\裏の堀揚(ほりあげ)へ立退(たちのき)給へといひすてゝ持たる物を二階へ運びゆく。勝手の方へ立いで見れば、家内の男女狂気のごとく駈(かけ)まはりて、家財を水に流さじと手当(てあた
り)しだいに取退(とりのく)る。水は低(ひくき)に随て潮(うしほ)のごとくおしきたり、已(すで)に席(たゝみ)を浸し庭に漲(みなぎ)る。次第に積(つもり)たる雪、所として雪ならざるはなく、雪光(せつこう)暗夜を照して水の流(ながる)るありさまおそろしさいはんかたなし。余(よ)は人に助けられて高所(たかきところ)に逃登(にげのぼ)り遥(はるか)に駅中(えきちゆう)を眺(のぞめ)ば、提灯炬(たいまつ)を燈しつれ大勢の男ども手(てに)々に木鋤(こすき)をかたげ、雪を越(こえ)水を渉(わたり)て声をあげてこゝに来(きた)る。これは水揚(みずあがり)せざる所の者ども、こゝに馳(はせ)あつまりて川筋を開き、水を落さんとする也。闇夜にてすがたは見えねど、女童(をんなわらべ)の泣叫ぶ声或は遠く或は近く、聞(きく)もあはれのありさま也。燃残りたる炬(たいまつ)一ツをたよりに人も馬も首たけ水に浸り、漲るながれをわたりゆくは馬を助(たすけ)んとする也。帯もせざる女、片手に小児を背負、提灯を提(さげ)て高処(たかきところ)へ逃のぼるは、近ければそこらあらはに見ゆ。命とつりがへなればなにをも恥しとはおもふべからず。可笑(をかしき)事可憐(あはれ)なる事可怖(おそろし)き事種々さま/”\筆に尽しがたし。やう/\東雲(しのゝめ)に至りて水も落(おち)たりとて諸人(しよにん)安堵(あんど)のおもひをなしぬ。
「校註 北越雪譜」野島出版より(P.22~27)

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 ○雪中の洪水(こうずゐ) 1/3
 〈水揚(みずあがり)〉

|| 大小の川に近き村里(むらさと)、初雪の後洪水の災(わざわひ)に苦(くるし)む事あり。洪水を此国の俚言(りげん)に水揚(みづあがり)といふ。

■川に近い集落では、初雪の後で洪水が発生することがあります。
このことを、水揚(みずあがり)と言います。

||余一年(ひとゝせ)関(せき)といふ隣駅(りんえき)の親族油屋が家に止宿せし時、頃は十月のはじめにて雪八、九尺つもりたるをりなりしが、

■一年ほど隣の宿場、関(地名)の親類の油屋(屋号)に滞在していたことがありました。
季節は十月初旬で、雪が2メートル以上も積っていました。以下はそのときのことです。

||夜半にいたりて近隣の諸人叫び呼(よば)はりつゝ立騒ぐ声に睡(ねふり)を驚(おどろか)し、こは何事やらんと胸もをどりて臥(ふし)たる一間(ひとま)をはせいでければ、家の主(あるじ)両手(りやうて)に物を提(さげ)、水あがり也、とく/\裏の堀揚(ほりあげ)へ立退(たちのき)給へといひすてゝ持たる物を二階へ運びゆく。

■夜中になって近所の人々とが叫んで騒ぐ声がしたのです。
それでびっくりして目が覚めた。
何ごとか、と布団から飛び起きて部屋から出ると、宿の主人は「水あがりです。すぐに裏の高台に逃げてください」と。
両手に荷物を抱えて、二階に運んでいるのです。

||勝手の方へ立いで見れば、家内の男女狂気のごとく駈(かけ)まはりて、家財を水に流さじと手当(てあたり)しだいに取退(とりのく)る。

■台所の方に行ってみると、家財道具を水に濡らさないようにと、家内の人たちが手当たり次第に移動しているのです。

||水は低(ひくき)に随て潮(うしほ)のごとくおしきたり、已(すで)に席(たゝみ)を浸し庭に漲(みなぎ)る。

■水は低い場所に渦を巻いて流れてきて、既に床上浸水、畳はびしょびしょ、庭は水で溢れているのです。

||次第に積(つもり)たる雪、所として雪ならざるはなく、雪光(せつこう)暗夜を照して水の流(ながる)るありさまおそろしさいはんかたなし。

■雪はどんどん降ってきて、雪の無い場所などありません。
雪明かりに見えるその流水といったら恐ろしくてたまりませんでした。

||余(よ)は人に助けられて高所(たかきところ)に逃登(にげのぼ)り遥(はるか)に駅中(えきちゆう)を眺(のぞめ)ば、提灯炬(たいまつ)を燈しつれ大勢の男ども手(てに)々に木鋤(こすき)をかたげ、雪を越(こえ)水を渉(わたり)て声をあげてこゝに来(きた)る。

■自分は手助けを受けて高い場所まで逃げおおせました。
そして、宿場の方を見ると、松明(たいまつ)を持った大勢の男たちは、こすき(木鋤)を担いで、
雪を漕いで水の中を渉って、声をあげながらこちらにやってきました。

||これは水揚(みずあがり)せざる所の者ども、こゝに馳(はせ)あつまりて川筋を開き、水を落さんとする也。

■水あがりにならない場所の人が駆けつけてきて、川筋を開けて流れを変更する為です。

||闇夜にてすがたは見えねど、女童(をんなわらべ)の泣叫ぶ声或は遠く或は近く、聞(きく)もあはれのありさま也。

■暗闇なので姿は見えませんが、女子供の泣き叫ぶ声が、おちこちから聞こえてくるのは何とも可哀想です。

||燃残りたる炬(たいまつ)一ツをたよりに人も馬も首たけ水に浸り、漲るながれをわたりゆくは馬を助(たすけ)んとする也。

■燃えさしの松明の明かり一つを頼りに、人も馬も首まで水に浸かって奔流の中を渡っているのは、馬を救助する為です。

||帯もせざる女、片手に小児を背負、提灯を提(さげ)て高処(たかきところ)へ逃のぼるは、近ければそこらあらはに見ゆ。命とつりがへなればなにをも恥しとはおもふべからず。

■帯も結ばないで、片手には子どもを抱えて片手には提灯を下げて高いところへ逃げる様子は、間近に見えるので何ともあらわな姿立ちです。
しかし命あってのことですので、恥ずかしいなどと言ってはいられないのです。

||可笑(をかしき)事可憐(あはれ)なる事可怖(おそろし)き事種々さま/”\筆に尽しがたし。

■可笑しいこと、哀れな事、また恐ろしい事々色々様々、これも書ききれないのです。

||やう/\東雲(しのゝめ)に至りて水も落(おち)たりとて諸人(しよにん)安堵(あんど)のおもひをなしぬ。

■明け方になってようやく水も引いてきたとのことで、みんなの気持が落ち着きほっとしたようです。

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【手々に木鋤をかたげ】
 ※【担ぐ】かたぐ、
 ※「かたぐ」とか「たんがく」という言葉は現代、奥会津には残っていますね。



雪中の洪水(北越雪譜)2/32018/01/16 23:44

北越雪譜初編 巻之上
   越後湯沢 鈴木  牧之 編撰
   江  戸 京山人 百樹 刪定

 ○雪中の洪水(こうずゐ) 2/3

 そも/\我郷(わがさと)雪中の洪水、大かたは初冬と仲春にあり。此(この)関(せき)といふ駅(しゆく)は左右人家の前に一道(ひとすぢ)づゝの流あり。末(すゑ)は魚野川へ落る。三伏(さんふく)の旱(ひでり)にも乾く事なき清流水也。ゆゑに家毎に此(この)流を以て井水(ゐすゐ)の代りとし、しかも桶にても汲(くむ)べき流なれば平日の
便利井戸よりもはるかに勝(まされ)り。しかるに初雪(しよせつ)の後十月のころまでにこの二条(ふたすぢ)の小流(こながれ)雪の為に降埋(ふりうめ)られ、流水は雪の下にあり。故に家毎に汲(くむ)べき程に雪を穿(うがち)て水用に弁ず。この穿たる所も一夜の雪に埋(うづめ)らるゝことあれば、再(ふたたゞ)うがつ事屡(しば/”\)なり。人家にちかき流さへかくのごとくなれば、この二条の流の水源(みなかみ)も雪に埋れ、水用を失ふのみなら
ず水あがりの懼(おそれ)あるゆゑ、所の人力(ちから)を併て流のかゝり口の雪を穿(うがつ)事なり。されども人毎に業用(げふよう)にさゝへて時を失ふか、又は一夜の大雪にかの水源(すゐげん)を塞ぐ時は、水溢(あぶれ)て低(ひくき)所を尋(たづね)て流る。駅中(えきちゆう)は人の往来(ゆきゝ)の為に雪を踏(ふみ)へして低(ひくき)ゆゑ、流水(りうすゐ)漲り来り猶も溢て人家に入り、水難に逢ふ事前にいへるがごとし。幾百人の力を尽して水道をひらかざれば、家財を流し或は溺死におよぶもあり。
「校註 北越雪譜」野島出版より(P.22~27)

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 ○雪中の洪水(こうずゐ) 2/3
 〈初冬の洪水〉

|| そも/\我郷(わがさと)雪中の洪水、大かたは初冬と仲春にあり。

■ この地方の雪中の洪水は、初冬(陰暦十月)と仲春(陰暦二月)にあります。

||此(この)関(せき)といふ駅(しゆく)は左右人家の前に一道(ひとすぢ)づゝの流あり。末(すゑ)は魚野川へ落る。三伏(さんふく)の旱(ひでり)にも乾く事なき清流水也。

■関(せき)という宿場(駅)は、左右に並んだ人家のそれぞれに小川があります。
これは魚野川の支流です。
真夏の日照りの時期(三伏(さんぷく))でも水の枯れない清流が流れているのです。

||ゆゑに家毎に此(この)流を以て井水(ゐすゐ)の代りとし、しかも桶にても汲(くむ)べき流なれば平日の便利井戸よりもはるかに勝(まされ)り。

■各家ではこの流水を井戸水の代わりに使います。
桶で汲める程の流れなので井戸よりも便利です。

||しかるに初雪(しよせつ)の後十月のころまでにこの二条(ふたすぢ)の小流(こながれ)雪の為に降埋(ふりうめ)られ、流水は雪の下にあり。

■この二筋の流れは、初雪の後、十月頃までには、雪の下になってしまいます。

||故に家毎に汲(くむ)べき程に雪を穿(うがち)て水用に弁ず。この穿たる所も一夜の雪に埋(うづめ)らるゝことあれば、再(ふたたゞ)うがつ事屡(しば/”\)なり。

■それなので、家ごとに水が汲める程の広さに雪を片して水汲み場とします。
この場所も一晩の雪で埋まる事があるので、また雪を掘って場所を作る作業は何度もします。

||人家にちかき流さへかくのごとくなれば、この二条の流の水源(みなかみ)も雪に埋れ、水用を失ふのみならず水あがりの懼(おそれ)あるゆゑ、所の人力(ちから)を併て流のかゝり口の雪を穿(うがつ)事なり。

■人家の近くの流れがこのようになるのですから、その二つの川の上流も雪に埋もれてしまうのです。
そうなると水が使えなくなるだけでなく、〔水あがり〕の危険度が高まります。
近所の住民は協力して、上流の水の掛り口の雪を掘って取り除く作業をします。

||されども人毎に業用(げふよう)にさゝへて時を失ふか、又は一夜の大雪にかの水源(すゐげん)を塞ぐ時は、水溢(あぶれ)て低(ひくき)所を尋(たづね)て流る。

■しかし各家の日常の仕事て都合がつかなくなったり、または一晩の大雪で水口(みなぐち)が塞がれてしまうこともあります。
水は溢れて地上の低い場所へと流れていくのです。

||駅中(えきちゆう)は人の往来(ゆきゝ)の為に雪を踏(ふみ)へして低(ひくき)ゆゑ、流水(りうすゐ)漲り来り猶も溢て人家に入り、水難に逢ふ事前にいへるがごとし。

■宿場の通りは人の往来の為に雪を踏み固めて周りより低くなっているのです。
流れてきた水は道に溢れてその次は人家に流れ込んで水難にあうのです。
その様子は前述したとおり。

||幾百人の力を尽して水道をひらかざれば、家財を流し或は溺死におよぶもあり。

■何百人もの人力を投入して水の流れる新たな道を作らないと、家財は流されるし、溺死者が出ることにもなるのです。



別冊 恵比塵