別冊

熊人を助(北越雪譜)2/22018/01/25 21:56

北越雪譜初編 巻之上
   越後湯沢 鈴木  牧之 編撰
   江  戸 京山人 百樹 刪定


 ○熊人を助(たすく)2/2

 余若かりし時、妻有(つまあり)の庄に 魚沼郡の内に在 用ありて両三日逗留せし事ありき。頃は夏なりしゆゑ客舎(やどりしいへ)の庭の木かげに莚(むしろ)をしきて納涼(やすみ)居しに、主人(あるじ)は酒を好む人にて酒肴(しゆかう)をこゝに開き、余は酒をば嗜(すか)ざるゆゑ茶を喫(のみ)て居たりしに、一老夫こゝに来り主人を視て拱手(てをさげ)て礼をなし、後園(うらのかた)へ行んとせしを主(あるじ)呼(よび)とめ、老夫を指(ゆびさし)ていふやう、此叟(おやぢ)は壮年(わかきとき)熊に助られたる人也、危き命をたすかり今年八十二まで健(すこやか)に長生(ながいき)するは可賀(めでたき)老人也。
識面(ちかづき)になり給へといふ。老夫莞爾(にこり)として再(ふたゝび)去(さら)んとす。
余よびとゞめ熊に助られしとは珍説也、語りて聞せ給へといひしに、主人(あるじ)余(よ)が前に在し茶●(ちやわん)をとりてまづ一盃喫(のめ)とて酒を満●(なみ/\)とつぎければ、老夫莚の端に坐し酒を視て笑(ゑみ)をふくみ続(つゞけ)て三●(さんばい)を喫(きつ)し下鼓(したうち)して大に喜び、さらば話説(はなし)申さん、我廿歳(はたちのとし)二月のはじめ薪(たきゞ)をとらんとて雪車(そり)を引(ひき)て山に入りしに、村にちかき所は皆伐(きり)つくしてたま/\あるも足場あしきゆゑ、山一重(ひとへ)踰(こへ)て見るに薪とすべき柴あまたありしゆゑ自在に伐(きり)とり、雪車(そり)歌うたひながら徐々(しづかに)束(たばね)、雪車に積(つみ)て縛つけ山刀(やまかたな)をさしいれ低(ひくき)に随(したがつ)て今来り方へ乗下りたるに、一束(いつそく)の柴雪車より転(まろ)び落(おち)、谷を埋(うづめ)たる雪の裂隙(われめ)にはさまり 凍りし雪陽気を得て裂る事常也 たるゆゑ捨て帰(かへら)んも惜(をし)ければ、その所にいたり柴の枝に手をかけ引上んとするにかこしも動(うごか)ず、落たる勢(いきほひ)に撞(つき)いれたるならん、さらば重(おもき)かたより引上んと匍匐(はらばひ)して双手(もろて)を延(のば)し、一声かけて上んとしたる時、足に踏(ふむ)力なきゆゑおのれがちからに己(おのれ)が躰(からだ)を転倒(ひきくらかへし)、雪の裂隙(われめ)より遥(はるか)の谷底へ墜(おちいり)けるが、雪の上を濘(すべり)落たるゆゑ幸に疵(きず)はうけず、しばしは夢のやう也しが、やう/\に心付、上を見れば雪の屏風を建(たて)てたるがごとく今にも雪頽(なだれ)やせんと なだれのおそろしき事下にしるす 生(いき)たる心地はなく、暗(くらさ)はくらし、せめては明方(あかるきかた)にいでんと雪に埋(うまり)たる狭谷間(せまきたにま)をつたひやう/\にして空を見る所にいたりしに、谷底の雪中寒(さむさ)烈しく、手足も亀手(かゞまり)一歩(ひとあし)もはこびがたく、かくては凍死(こゞえした)べしと心を励(はげま)し猶途(みち)もあるかと百歩(はんちやう)ばかり行たりけん、滝ある所にいたり四方を見るに谷間の途極(ゆきとまり)にて甕(かめ)に落たる鼠(ねずみ)のごとく、いかんともせんすべなく惘然(ぼうぜん)として胸せまりいかゞせんといふ思案さへ出ざりき。
さて是より熊の話也、今一盃たまはるべしとして自(みづから)酌(つぎ)てしきりに喫(のみ)、腰より烟草(たばこ)●(いれ)をいだして烟(たばこ)を吹(のみ)などするゆゑ其次はいかにとたづねければ、老父(らうふ)曰(いはく)、さて傍(かたはら)を見れば潜(くゞる)べきほどの岩窟(いはあな)あり、中には雪もなきゆゑはひりて見るにすこし温(あたゝか)也。
此時こゝろづきて腰をさぐりみるに握飯(にぎりめし)の弁当もいつかおとしたり、かくては飢死(うゑじに)すべし、さりながら雪を喰(くらひ)て五日や十日は命あるべし、その内には雪車歌(そりうた)の声(こゑ)さへ聞(きこゆ)れば村の者也、大声あげて叫(よば)らば助(たすけ)くれべし、それにつけてもお伊勢さまと善光寺さまをおたのみ申よりほかなしと、しきりに念仏唱へ大神宮をいのり日もくれかゝりしゆゑ、こゝを寝所にせばやと闇地(くらがり)ほ探り/\這(は)入りて見るに次第に温(あたゝか)也。
猶も探りし手先に障(さはり)しは正(まさ)しく熊也。
愕然(びつくり)して胸も裂(さけ)るやう也しが逃(にげる)に道なくとても命の期(きは)なり、死(しぬ)も生(いきる)も神仏にまかすべしと覚悟をきはめ、いかに熊どの、我(わし)は薪(たきぎ)とりに来り谷へ落(おち)たるもの也、帰(かへる)には道がなく生(いき)て居(をる)には喰物がなし。
とても死(しぬ)べき命也、撃(ひきさき)て殺(ころさ)ばころし給へ、もし情(なさけ)あらば助たまへと怖々(こは/\)熊を撫(なで)ければ、熊は起(おき)なほりたるやうにてありしが、しばしありてすゝみいで我を尻にておしやるゆゑ、熊の居たる跡へ坐(すはり)しにそのあたゝかなる事巨燵(こたつ)にあたるごとく全身(みうち)あたゝまりて寒(さむさ)をわすれしゆゑ、熊にさま/”\礼をのべ猶もたすけ玉へと種々(いろ/\)悲しき事をいひしに、熊手をあげて我が口へ柔(やはらか)におしあてる事たび/\也しゆゑ、蟻の事をおもひだし舐(なめ)てみれば甘くてすこし苦し。
しきりになめたれば心爽(さはやか)かになり咽(のど)も潤(うるほ)ひしに、熊は鼻息を鳴(なら)して寝(ねいる)やう也。
さては我を助(たすく)るならんと心大におちつき、のちは熊と脊(せなか)をならべて臥(ふし)しが宿の事をのみおもひて眠気もつかず、おもひ/\てのちはいつか寝入(ねいり)たり。
かくて熊の身動(みうごき)をしたるに目さめてみれば穴の口見ゆるゆゑ夜の明(あけ)たるをしり、穴をはひいで、もしやかへるべき道もあるか、山にのぼるべき藤づるにてもあるかとあちこち見れどもなし。
熊も穴をいでゝ滝壺にいたり水をのみし時はじめて熊を見れば犬を七ツもよせたるほどの大熊也。
又もとの窟(あな)へはいりしゆゑ我は窟の口に居て雪車歌(そりうた)のこゑやすらんと耳を澄(すま)して聞(きゝ)居(ゐ)たりしが、滝の音のみにて鳥の音(ね)もきかず、その日もむなしく暮(くれ)て又穴に一夜をあかし、熊の掌(て)に飢(うゑ)をしのぎ、幾日たちても歌はきかず、その心細き事いはんかたなし。
されど熊は次第に馴(なれ)、可愛(かあいく)なりしと語るうち主人は微酔(ほろゑひ)にて老夫にむかひ、其熊は牝(め)熊ではなかりしかと、三人大ひ笑ひ又酒をのませ、盃の献酬(やりとり)にしばらく話消え(きえ)けるゆゑ強(しひ)て下回(そのつぎ)をたづねければ、老夫曰(いはく)、人の心は物にふれてかはるもの也、はじめ熊に逢(あひ)し時はもはや死地(こゝでしす)事と覚悟をばきはめ、命も惜(をし)くなかりしが、熊に助(たすけ)られてのちは次第に命がをしくなり、助(たすく)る人はなくとも雪さへ消(きえ)なば木根(きのね)岩角に縋(とりつき)てなりと宿へかへらんと、雪のきゆるをのみまちわび幾日といふ日さへ忘(わすれ)て虚々(うか/\)くらししが、熊は飼犬のやうになりてはじめて人間の貴(たふとき)事を知り、谷間ゆゑ雪のきゆるも里よりは遅くたゞ日のたつをのみうれしくありしに、一日(あるひ)窟(あな)の口の日のあたる所に蝨(しらみ)を捫(とり)て居たりし時、熊窟よりいで袖を咥(くはへ)て引きしゆゑ、いかにするかと引れゆきしに、はじめ濘落(すべりおち)たるほとりにいたり、熊前(さき)にすゝみて自在に雪を掻掘(かきほり)一道(ひとすぢ)の途(みち)をひらく、何方(いづく)までもとしたがひゆけば又途をひらき/\て人の足跡ある所にいたり、熊四方を顧(かへりみ)て走り去(さり)て行方しれず。
さては我を導(みちびき)たる也と熊の去(さり)し方を遥拝(ふしをがみ)かず/\礼をのべ、これまつたく神仏の御蔭(おかげ)ぞとお伊勢さま善光寺さまを遥拝うれしくて足の踏所(ふみど)もしらず、火点頃(ひとぼしころ)宿へかへりしに此時近所の人々あつまり念仏申てゐたり。
両親はじめ愕然(びつくり)せられ幽霊ならんとて立さわぐ。
そのはづ也、月代(さかやき)は蓑のやうにのび面(つら)は狐のやうに痩(やせ)たり。
幽霊とて立さわぎしものちは笑となりて、両親はさら也、人々もよろこび、薪とりにいでし四十九日目の待夜(たいや)也とていとなみたる仏事も俄(にはか)にめでたき酒宴(さかもり)となりしと仔細(こまか)に語りしは、九右エ門といひし小間居(こまい)の農夫(ひやくしやう)也き。
其夜燈下(ともしびのもと)に筆をとりて語りしまゝを記(しる)しおきしが今はむかしなりけり。「校註 北越雪譜」野島出版より(P.31~37)

 ・ ・ ・

 ○熊人を助(たすく)2/2
 〈聞き書き〉

|| 余若かりし時、妻有(つまあり)の庄に 魚沼郡の内に在 用ありて両三日逗留せし事ありき。

■若い時に、所用で妻有(つまり)の庄に2,3日逗留したことがありました。妻有の庄は、魚沼郡にあります。

||頃は夏なりしゆゑ客舎(やどりしいへ)の庭の木かげに莚(むしろ)をしきて納涼(やすみ)居しに、主人(あるじ)は酒を好む人にて酒肴(しゆかう)をこゝに開き、余は酒をば嗜(すか)ざるゆゑ茶を喫(のみ)て居たりしに、一老夫こゝに来り主人を視て拱手(てをさげ)て礼をなし、後園(うらのかた)へ行んとせしを主(あるじ)呼(よび)とめ、老夫を指(ゆびさし)ていふやう、此叟(おやぢ)は壮年(わかきとき)熊に助られたる人也、危き命をたすかり今年八十二まで健(すこやか)に長生(ながいき)するは可賀(めでたき)老人也。

■季節は夏でした、宿泊先の家の庭の木陰で莚を敷いて納涼がてらの場所としました。
主人は酒好きなので酒肴振舞の宴席となりました。わたしは酒を嗜まないのでお茶を飲んで歓談しておりました。

そこへ一人の老人が通りかかり、主人を見つけて手を上げて挨拶をして通り過ぎようとしたところ、主人が呼び止めて、老人を指差していうのです。
〈主人〉「ちょっと、くえもんさん、お待ちなせい」
〈主〉「牧之さん、このオヤジさまは若い時に熊に助けられた人です。
危ない目にあって助かって、今は八十二にもならっしゃる、健康長寿のお方なんです」

||識面(ちかづき)になり給へといふ。老夫莞爾(にこり)として再(ふたゝび)去(さら)んとす。

■〈主〉「その話を聞かせてもらいなせえ」
ご老人は笑顔で、その場を離れようとするところでした。

||余よびとゞめ熊に助られしとは珍説也、語りて聞せ給へといひしに、主人(あるじ)余(よ)が前に在し茶●(ちやわん)をとりてまづ一盃喫(のめ)とて酒を満●(なみ/\)とつぎければ、

■「熊に助けられたとはそれは珍しいことです、是非とも聞かせてください」
と、その老人に声を掛けました。
主人は、わたしの前にあった茶碗をとって、「先ずは一杯」となみなみと注いで手渡しました。

||老夫莚の端に坐し酒を視て笑(ゑみ)をふくみ続(つゞけ)て三●(さんばい)を喫(きつ)し下鼓(したうち)して大に喜び、さらば話説(はなし)申さん、

■老人は、莚の端に座り込んでにっこりして、先ずはかけつけ三杯、舌鼓を打って喜びました。
それから、
〈老人〉「では、お話申しましょう(笑)」

||我廿歳(はたちのとし)二月のはじめ薪(たきゞ)をとらんとて雪車(そり)を引(ひき)て山に入りしに、村にちかき所は皆伐(きり)つくしてたま/\あるも足場あしきゆゑ、山一重(ひとへ)踰(こへ)て見るに薪とすべき柴あまたありしゆゑ自在に伐(きり)とり、

■〈老人〉「はたち(二十歳)の二月のはじめの頃に、薪取りにソリを引いて山に入ったです。
近い場所はみんな伐られっちまって、たまに在っても足場の悪いとこばっかしや。
それで一山越えて、薪にする柴木のいっぺあるとこさ行って、好き放題伐ったのや」

||雪車(そり)歌うたひながら徐々(しづかに)束(たばね)、雪車に積(つみ)て縛つけ山刀(やまかたな)をさしいれ低(ひくき)に随(したがつ)て今来り方へ乗下りたるに、一束(いつそく)の柴雪車より転(まろ)び落(おち)、

■〈老人〉「ソリ曳き唄なんど歌いながら、だんだんと木を束ねたわい。
それをソリに積んでな、縛り付けて、鉈を差し込んで(ハンドル代り)そろそろと低いほうに動かすべ。
ソリに乗って戻り途でな、一束(ひとたば)の柴がソリから転がり落ちたのや」

||谷を埋(うづめ)たる雪の裂隙(われめ)にはさまり-凍りし雪陽気を得て裂る事常也-たるゆゑ捨て帰(かへら)んも惜(をし)ければ、その所にいたり柴の枝に手をかけ引上んとするにすこしも動(うごか)ず、

■〈老人〉「それが雪の裂け目に引っかかったのや。
もったいね、と思ってそこまで行って、引っぱり上げべとやってみたがとても動かねのや」

※雪原では、凍った雪が日に当って裂けることはよくあることなのです。

||落たる勢(いきほひ)に撞(つき)いれたるならん、さらば重(おもき)かたより引上んと匍匐(はらばひ)して双手(もろて)を延(のば)し、一声かけて上んとしたる時、足に踏(ふむ)力なきゆゑおのれがちからに己(おのれ)が躰(からだ)を転倒(ひきくらかへし)、

■〈老人〉「落ちた勢いで、裂け目に突き刺さってしまったべな。
そんだら重い方から持っちゃげべと思って、腹這いになって両手を延ばしてな、よいしょと掛け声掛けて。
ところが足に踏ん張りどころが無くて、自分の体がひっくりかえってしまったのやな」

||雪の裂隙(われめ)より遥(はるか)の谷底へ墜(おちいり)けるが、雪の上を濘(すべり)落たるゆゑ幸に疵(きず)はうけず、

■〈老人〉「そのまま裂け目の底まで落ちっちまったのや。
雪の上を滑って落ちただけだったので、怪我もしねがったし、体は何ともねのや」

||しばしは夢のやう也しが、やう/\に心付、上を見れば雪の屏風を建(たて)てたるがごとく今にも雪頽(なだれ)やせんと 生(いき)たる心地はなく、暗(くらさ)はくらし、せめては明方(あかるきかた)にいでんと雪に埋(うまり)たる狭谷間(せまきたにま)をつたひやう/\にして空を見る所にいたりしに、

■〈老人〉「暫くは夢でも見たべかと思っていたが、やっと気がついた。
上を見ると雪が屏風を立てたように垂直になっていて、今にも雪崩るかと生きた心地ではありません。
下は真っ暗なので、とにかく明るい場所まで出てみようと、雪に埋まった狭間をつたい歩きをしてやっと空が見える場所まで動きました」

※雪崩(なだれ)の恐ろしさについては別に書きます。

||谷底の雪中寒(さむさ)烈しく、手足も亀手(かゞまり)一歩(ひとあし)もはこびがたく、かくては凍死(こゞえした)べしと心を励(はげま)し猶途(みち)もあるかと百歩(はんちやう)ばかり行たりけん、

■〈老人〉「谷底はすごい寒さで、手足もかじかんでしまい、一足歩くのも大変な苦労です。
このままで凍死してしまうぞ、どこかに道があるかも知れないと弱る気持を励まして、百歩くらいは歩いたべな」

||滝ある所にいたり四方を見るに谷間の途極(ゆきとまり)にて甕(かめ)に落たる鼠(ねずみ)のごとく、いかんともせんすべなく惘然(ぼうぜん)として胸せまりいかゞせんといふ思案さへ出ざりき。

■〈老人〉「瀧が落ちている場所まで来て、周りを見ると谷間のドンツキだった。
これでは甕に落ちたネズミのようだ。
なじょしよもなくなって、ただ茫然としてしまって、考げえる事も出来なくなっちまったわい」

||さて是より熊の話也、今一盃たまはるべしとして自(みづから)酌(つぎ)てしきりに喫(のみ)、腰より烟草(たばこ)●(いれ)をいだして烟(たばこ)を吹(のみ)などするゆゑ其次はいかにとたづねければ、老父(らうふ)曰(いはく)、

■〈老人〉「さて、熊の話はこっからだ。あといっぺ(一杯)飲ませてもらうべかな(笑)」
と、老人は自分で杓をして酒をちょこちょこと呑んで、腰から煙草入れを出して一服し始めました。

||さて傍(かたはら)を見れば潜(くゞる)べきほどの岩窟(いはあな)あり、中には雪もなきゆゑはひりて見るにすこし温(あたゝか)也。

■〈老人〉「そこで近くを見ると、岩の下に人が潜れるほどの洞穴があったのや。
その中は雪も無いので入ってみると、なにやら暖かい」

||此時こゝろづきて腰をさぐりみるに握飯(にぎりめし)の弁当もいつかおとしたり、かくては飢死(うゑじに)すべし、さりながら雪を喰(くらひ)て五日や十日は命あるべし、

■〈老人〉「いつのまにか腰につけた握り飯の弁当もどこかで落としてしまって、これでは飢え死にしてしまう。
それでも雪でも喰っていれば五日や十日くらいは死なねでいられっかも」

||その内には雪車歌(そりうた)の声(こゑ)さへ聞(きこゆ)れば村の者也、大声あげて叫(よば)らば助(たすけ)くれべし、

■〈老人〉「それだけの日数があれば、誰かの橇曳き唄も聞こえるかもしんね、そしたらその人は村の人だ。
大声をあげて叫べば気が付いてくれるかもしんねぞ」

||それにつけてもお伊勢さまと善光寺さまをおたのみ申よりほかなしと、しきりに念仏唱へ大神宮をいのり日もくれかゝりしゆゑ、こゝを寝所にせばやと闇地(くらがり)ほ探り/\這(は)入りて見るに次第に温(あたゝか)也。

■〈老人〉「それにしたって、後は神様仏様、お伊勢様と善光寺様にでもおすがりしてお頼みするしかねので、
念仏を唱えて大神宮様にお祈りしてたっけわ。
そうしているうちに日暮れになってきた。
ここで寝ることにして、暗がりを探り探り這っていくと、だんだんと周りが暖かい」

||猶も探りし手先に障(さはり)しは正(まさ)しく熊也。

■〈老人〉「もっと入っていくと、手先にあたるその感触、それが熊だったのや」

||愕然(びつくり)して胸も裂(さけ)るやう也しが逃(にげる)に道なくとても命の期(きは)なり、死(しぬ)も生(いきる)も神仏にまかすべしと覚悟をきはめ、いかに熊どの、

■〈老人〉「めんたま飛び出るほど魂消てな、しかし逃げ道も無い絶体絶命だ。
これはもう神さま仏さまに任せた、と覚悟を決めて熊に話し掛けたのや」

〈老人〉「なあ、熊殿さま」

||我(わし)は薪(たきぎ)とりに来り谷へ落(おち)たるもの也、帰(かへる)には道がなく生(いき)て居(をる)には喰物がなし。

■〈老人〉「わたしは薪取りに来てこの谷に落ちた者です。
戻る途も無くて、ここで生きるにも食い物もないのです」

||とても死(しぬ)べき命也、撃(ひきさき)て殺(ころさ)ばころし給へ、もし情(なさけ)あらば助たまへと怖々(こは/\)熊を撫(なで)ければ、

■〈老人〉「どうしたってここで死ぬしかないのです。
いっそおらを引き裂いて殺して喰っちまって下さい」

〈老人〉「もしも、情けがありましたらお助けくだせえ」ト、老人、恐る恐る熊を撫でる。

||熊は起(おき)なほりたるやうにてありしが、しばしありてすゝみいで我を尻にておしやるゆゑ、熊の居たる跡へ坐(すはり)しにそのあたゝかなる事巨燵(こたつ)にあたるごとく全身(みうち)あたゝまりて寒(さむさ)をわすれしゆゑ、熊にさま/”\礼をのべ猶もたすけ玉へと種々(いろ/\)悲しき事をいひしに、熊手をあげて我が口へ柔(やはらか)におしあてる事たび/\也しゆゑ、蟻の事をおもひだし舐(なめ)てみれば甘くてすこし苦し。

■〈熊〉一旦起き上がる素振り。
暫くして少し近寄る。
老人を尻で自分の寝ていた場所に押しやる。

〈老人〉押しやられた場所に坐る。
〈老人〉「その暖かさといったらば、コタツであったまるようでな。
体中が暖まって、寒さは吹っ飛んだのや」
〈老人〉「熊様熊様、本当にありがとうごぜます。
しばらくの間はなにとぞよろしくお願げしますだ。おらは村に薪が無えので仕方なく山越えて云々・・むにゃむにゃ」ト、
〈熊〉手を上げて、その掌を老人の口に柔らかく押しあてる。
〈熊〉何度か押しあてる。
〈老人〉「そのときにまさか蟻か!と思い出したので舐めてみました、甘くて少し苦っぽい味がしたのや」

||しきりになめたれば心爽(さはやか)かになり咽(のど)も潤(うるほ)ひしに、熊は鼻息を鳴(なら)して寝(ねいる)やう也。

■〈老人〉「それでしきりに舐めてみたらば、気持が落着いて喉の渇きも無くなったべ。
熊も、鼻息を鳴らしてからまた眠ってしまったのや」

||さては我を助(たすく)るならんと心大におちつき、のちは熊と脊(せなか)をならべて臥(ふし)しが宿の事をのみおもひて眠気もつかず、おもひ/\てのちはいつか寝入(ねいり)たり。

■〈老人〉「熊はわたしを助けてくれるらしいと気持が落着いてきました。
その後は背中を並べて横になりましたが、自分の家の事を考えると眠気も出できません。
いろいろと思い巡らしているうちに、それでもいつの間にかに寝てしまってたわ」

||かくて熊の身動(みうごき)をしたるに目さめてみれば穴の口見ゆるゆゑ夜の明(あけ)たるをしり、穴をはひいで、もしやかへるべき道もあるか、山にのぼるべき藤づるにてもあるかとあちこち見れどもなし。

■熊が目が覚めたのか身動きをするのでわたしも目が覚めて、穴の口の方を見ると夜が開けていました。
穴から出て、もしかして戻れる道があるか、攀じ登れる藤蔓でもないかとあちらこちら見てみましたが無い。

||熊も穴をいでゝ滝壺にいたり水をのみし時はじめて熊を見れば犬を七ツもよせたるほどの大熊也。

■熊も穴から出て、滝壷で水を飲んでいるときに初めて姿を見ましたが、犬の七匹分もありそうな大熊でした。

||又もとの窟(あな)へはいりしゆゑ我は窟の口に居て雪車歌(そりうた)のこゑやすらんと耳を澄(すま)して聞(きゝ)居(ゐ)たりしが、滝の音のみにて鳥の音(ね)もきかず、その日もむなしく暮(くれ)て又穴に一夜をあかし、熊の掌(て)に飢(うゑ)をしのぎ、幾日たちても歌はきかず、その心細き事いはんかたなし。

■熊はまた洞に入ったので、わたしは穴の出口で、橇曳き唄でも聞こえないだろうかと耳を澄ませてじっとしていましたが、聞こえるのは瀧の音だけで鳥の鳴く声も聞こえません。
そして日が暮れて穴に入り一夜をあかしました。
熊の掌を舐めて飢えを凌いで、何日か過ぎても、橇曳き唄も聞こえず、つのる心細さは増すばかりでした。

||されど熊は次第に馴(なれ)、可愛(かあいく)なりしと語るうち主人は微酔(ほろゑひ)にて老夫にむかひ、其熊は牝(め)熊ではなかりしかと、

■〈老人〉「んだが、熊もだんだんと慣れてくると、めんご(可愛い)くなんのやな」
と話しつづける老人。
主人もほろ酔い気分になってきて、
〈主人〉「その熊はメス熊だったんでねが」
〈一同〉「わっはっは」

||三人大ひ笑ひ又酒をのませ、盃の献酬(やりとり)にしばらく話消え(きえ)けるゆゑ強(しひ)て下回(そのつぎ)をたづねければ、

■と、大笑いして、「まっと呑めや」「いやいや、ありがてですろ」「おっとっと」
と熊の話から寄り道してしまう。

〈牧之〉「(こほん)、えーと、して、その続きはどうなりますのや」

||老夫曰(いはく)、人の心は物にふれてかはるもの也、はじめ熊に逢(あひ)し時はもはや死地(こゝでしす)事と覚悟をばきはめ、命も惜(をし)くなかりしが、熊に助(たすけ)られてのちは次第に命がをしくなり、助(たすく)る人はなくとも雪さへ消(きえ)なば木根(きのね)岩角に縋(とりつき)てなりと宿へかへらんと、

■老人は話に戻ります。
人の心というのは置かれる場所によって変わるものですね。
はじめに熊に遭ったときには、もはやこれまで、ここがわたしの死場所だと覚悟を決めたら命も惜しいと思わなかったのです。
それが、熊に助けられたと思ったら段々と命が惜しくなって来たのです。
救助する人が来なくても、雪が消えるまで命をつなげられれば、木の根や岩場をよじ登ってでも家に帰ろうと思うようになったのです。

||雪のきゆるをのみまちわび幾日といふ日さへ忘(わすれ)て虚々(うか/\)くらししが、熊は飼犬のやうになりてはじめて人間の貴(たふとき)事を知り、谷間ゆゑ雪のきゆるも里よりは遅くたゞ日のたつをのみうれしくありしに、

■それからは雪の消えることだけを待ちわびて、何日経過したかなどは忘れてしまい、ただぼんやりと暮らしました。
熊は飼い犬のようになついて、人間というのは貴いものだと実感したのです。
山中の谷間なので雪の消える時節も里よりも遅いので、日が経つ事だけがうれしい事でした。

||一日(あるひ)窟(あな)の口の日のあたる所に蝨(しらみ)を捫(とり)て居たりし時、熊窟よりいで袖を咥(くはへ)て引きしゆゑ、いかにするかと引れゆきしに、はじめ濘落(すべりおち)たるほとりにいたり、

■ある日に、穴の出口の陽あたりで、シラミ取りなどしていたら、熊が穴から出て来てわたしの着物の袖を咥えて引っぱるのです。
何をするのだろうと引っぱられて行った先は、はじめに雪の割れ目から落ちた場所でした。

||熊前(さき)にすゝみて自在に雪を掻掘(かきほり)一道(ひとすぢ)の途(みち)をひらく、何方(いづく)までもとしたがひゆけば又途をひらき/\て人の足跡ある所にいたり、熊四方を顧(かへりみ)て走り去(さり)て行方しれず。

■熊は先に進んで、雪を思いのままに蹴散らして掘って、道を作っているのです。
どこまで行くのかとその後を付いて行きました。
また道を作った筋をついていくと、人の足跡のある場所だったのです。
熊はあたりを見回してから、走り去りました。
どこに行ったのかもわからないのです。

||さては我を導(みちびき)たる也と熊の去(さり)し方を遥拝(ふしをがみ)かず/\礼をのべ、これまつたく神仏の御蔭(おかげ)ぞとお伊勢さま善光寺さまを遥拝うれしくて足の踏所(ふみど)もしらず、

■〈老人〉「嗚呼、道案内してくっちゃだな、と熊の去った方を向いて伏拝みもうしました。
熊に会わせてくださったのも神仏のお陰、お伊勢様と善光寺様、ありがとうございます。
嬉しくて嬉しくて、地に足が付かないようなほどでした」

||火点頃(ひとぼしころ)宿へかへりしに此時近所の人々あつまり念仏申てゐたり。
両親はじめ愕然(びつくり)せられ幽霊ならんとて立さわぐ。

■〈老人〉「そろそろ夕方になる頃に、家まで戻ることができました。
すると近所の人が集まって念仏をあげているのです。
両親、参会者はそれは魂消て『幽霊が出た』と大騒ぎになりました」

||そのはづ也、月代(さかやき)は蓑のやうにのび面(つら)は狐のやうに痩(やせ)たり。

■それもその筈、わたしの風体といったら月代は蓑の伸びて、顔は狐のように痩せていたのですから。

||幽霊とて立さわぎしものちは笑となりて、両親はさら也、人々もよろこび、薪とりにいでし四十九日目の待夜(たいや)也とていとなみたる仏事も俄(にはか)にめでたき酒宴(さかもり)となりしと仔細(こまか)に語りしは、九右エ門といひし小間居(こまい)の農夫(ひやくしやう)也き。

■幽霊だと大騒ぎしたあと、本人だと判ってからは両親はもとより参会者達も喜びの笑いに包まれました。
薪取りに出かけた日から四十九日。
死んだものと思いその法要の最中だったのですが、急にめでたい酒盛りとなりました。

と、委細を語ってくれたのは、九右エ門さんという小作農家の人。

||其夜燈下(ともしびのもと)に筆をとりて語りしまゝを記(しる)しおきしが今はむかしなりけり。

■その夜に、宿の行灯のもとで筆をとって聞いたままを書いたのが、この記録。
今となっては、むかしむかしのこと、むかし語りになってしまいました。とっぴんからりん。



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