別冊

160510_起上り小法師の木2016/06/12 02:05

ここ数年は年に一度、この月にとある場所(公共お役所施設)を訪問してあるモノを入手しなければいけない。
喜ん行きたい施設ではない。
ある時に、その施設の庭にこの花が満開になっていたのに気づいたのです。
わたしは歩きスマホはしないので、この花をそれ以前にも見ていた筈なのです。
ある時までは、歩きスマホでも無いのに気づかなかった、歩きスマホのアホ共は絶対に気づかない風景なのだ。歩きスマホは止めろ馬鹿共!←しつこいってば!、
それにわたしは気づいた。わたしは何故か、「嗚呼、この花は起上り小法師の花だ!」と感じてしまうような精神状態だったのでせう。
そしてイチオー会津の話題(起上り小法師)としてブログとfacebookに投稿したら、自分としては少なからずの反響があった(笑)。
サルビアの類のの草木らしいと。

160510_起上り小法師の木


つい、去年か一昨年に、この場所に行ったら、この木は根元近くから切られていて、切り株くらいしか無かったことがある。
それはそれは落胆しました。「クソッタレのお役所仕事め!」と。

しかし、枝を切ったら勿体無い、というのはトウシロの感傷なのですよ。
根こそぎ掘り返した訳でも無かった。すると、こうしてシュート(新枝)がどんどん出てくるものなのですね。
そういった状態だけを活用(新枝の活用)している植物もある。
例えば、紙の原料となった楮(こうぞ)とか、奥会津では今も作られている笊(ざる)の素材となるマタタビの木などである。
逆にこういった木は、苗打ちといって毎年切らないと使い物にならなくなるのである。そうです。
と、いうことを知ったのは、なんでか『農業全書』という本を読んでからのことでした。
花樹や果樹は、枝を切る事により、根に力が貯えられてその力が、枝葉を繁茂つせるというようなことがあるのだそうです。
「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」とかいう言葉もある。

ま、毎日毎日は人目を気にするようなハレの日でもケの日ばかりでもない。っつうことかな、と。いうことにしておくか(^^;


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