別冊

150814_奥会津/昭和村小中津川2015/08/23 02:08

2015年8月14日。昭和村小中津川にて。

150814_奥会津/昭和村小中津川



奥の杉の木を伐ってくれないかという話がでているらしい。
冬に着雪した枝が、その木の傍の墓域にとっては邪魔になるらしいのです。
おそらく手入れが出来ていないままで、大きくなりすぎているのです。
そのことは、数年前から言われていたらしい。
ただ、この杉の木は共有林域の木ではなく所有者がいる。
集落内にはそのことをご存知の方がいらっしゃって、それで了承無しには伐れないらしいのである。
そしてこれだけの木を伐採するには、了承する方にもそれなりのタイミングがある。
ということを、今年初めて知ったのでした。





盆踊りは本日(14日)の予定だったが、雨で神社敷地がぬかるんでしまったということで、順延された。

150815_奥会津/昭和村の文人2015/08/23 03:46

仏壇横の書棚で見つけた本。
季節のせいでしょうか、いつも見かけている書棚で背表紙が気になって取り出した本でした。

150815_奥会津/昭和村の文人









150815_奥会津/竹島さんのこと(妄想編)2015/08/23 03:52


■竹島さんのこと(妄想編)

この写真は、奥会津昭和館の玄関入口の廊下に掛けてある。
気づいたのは恐らく30年近く前からだと思う。
昭和村の子供たちの冬の集団登校の風景。
きちんとパネルにしてある。

150815_奥会津/竹島さんのこと(妄想編)

今年になって、会津に40年以上通い続けて写真を撮っていらっしゃるという、竹島さんという方にお会いする機会があった。
その方の写真展が都内で開催されたのでした。
K氏が竹島さんと立ち話をしているときに、私のことも紹介してくださった。
私「大芦の出身です」
竹島さん「わたしの唯一のくやみは、大芦の冬に立ち合えなかったことです」とおっしゃった。
何度も何度も昭和村を探訪されたが、真冬に大芦集落まではたどり着けなかったとおっしゃるのです。
そのころは、除雪機(ブルドーザー)も村に一台しかないような時代です。
大芦の六地蔵とか、ある丘の上の桜の景色とかの話をされました。
それらは、私もその風景が思いつく場所でした。

竹島さんは、会津に通いつめるために、安易な移動手段をご自分で封印した。
「簡単に行って風光明媚とか、村の季節行事を撮って、『天気が悪かったら戻ればいい』ではだめなのです」。
「それで、わたしは、そうならないように、自家用車を売っぱらって、電車とバスと徒歩で移動しました」。
と、おっしゃるのです!
(この言葉の一言一句がそのままではなかったかもしれませんが、そう聞きました)

このお話を聞いていたためか、先月(7月)に帰省したときに、この写真がいきなり目に入って来たのでした。
そして直感したのです。この写真の撮影者は、竹島さんではなかったかと。

というのも、竹島さんからはこんな話も聞きました。
村内を何度も何度も歩いていると、そのうちに顔見知りになって声を掛けてくれる人が出てくる。
「なんだ、にっしゃ、何にもねーところにまた来たのか?」
「写真撮りしん(する)なら、只見川とか大内宿とか、廻っとこ他(ほか)にあっぺ」

といいつつ、友達になって、その家に泊めてもらったりしたそうです。
そういうことを、数十年も続けていると、村内の世代の違う新しい人とも知り合いになったりする。

「にっしゃ(あなた)も写真撮りか」
「おら家(いぇ)には、東京から来た写真家の人が撮った写真もあっつぉ!」
と言って、竹島さんを自宅に呼んで写真を見せてくれたそうです。
なんと、その写真は竹島さんが撮った写真だった(笑)そうなのです。

パネルを外して、裏面などを調べれば、寄贈者名か撮影者名が書かれているかも知れない。
書かれているかいないか、だけだったら、まあ、急ぐこともないし、しばらくは想像している方が楽しめるし。こら!

150815_奥会津/昭和村大芦「大芦家」界隈2015/08/23 22:34

2015年8月15日。昭和村大芦にて。

大芦の中見沢の墓のところまで車で送られてきて、父方の関係の墓参りをして、母方の関係の山崎の墓まで歩く。
時々歩いている人(子供連れ含む)もいるが、お互いにお盆帰りの人らしく、どこの(どの家の)人かまではわからないので、あいまいな目礼をして通り過ぎる。


150815_奥会津/昭和村大芦「大芦家」界隈
大芦家の近くで、「や、どうも!」と顔と名前の一致する人がいた(^^;。
同氏も家族で墓参りの途中。






こそっと、近所の氏神様(か、屋敷神)の祠のオハチ(鉢、瓶)の裏を写してみた。
元々も漆器ではなく、白木状態である。
が、轆轤(ろくろ)加工品だと思う。
底部分は削り加工をしていない。
それに、轆轤加工のために回転軸中心部分に固定したであろう痕跡がない。
底部分を縁状に加工していないのは、屋外で使用することを前提としたからかも知れない。
つまり、重心を低くすることと、風に飛ばされたりしないため、、、かも。






昭和村内の神社の夏の大例祭は、本日(8月15日)と決まっているらしい。
昔はいらっしゃったかもしれないそれらの神社の宮司(禰宜)または例祭を取仕切る祭主が村内にはいらっしゃらない。
そのため、美里町(高田)の神社の宮司さんがいらっしゃって一日に、数箇所の神事を執り行う。

あっと気づいたときには、宮司さんがこの階段を登りおわられるところでした。
最高のシャッターチャンスを逃した(巡り合わなかった)。
そして、この神事(村内の各神社の大例祭)については、村外の人は(も)ご存じないのであろう。
カメラを向けて撮影したのは、えへん、わたし(掲載子)だけでした。




65段(だったか)の石段。
大芦集落の愛宕山の裾にある。
もう、その石段を登れる大芦在住の氏子の方々も数少なくなられた。
季節季節の例祭は、この石段の下に仮壇を設置してお祀り事をするようになったという。
大芦の「上の神社」はそれほどの石段ではないが、雪害による屋根の破損などで、取壊しの予定になっているという。
わたしはこの集落の出身(出生)者ではあるが、ハレの日にたまたま訪問するだけでしかない。
つまりはヨソモノ。「何で取り壊すの?」などとは、とても言えないのです。

150815_奥会津/福島民報記事2015/08/23 22:55

福島民報の終戦特集記事に、羽染兵吉さんが載っていた。

150815_奥会津/福島民報記事



別冊