別冊

150718_奥会津/カスミソウ圃場見学へ2015/08/07 22:38

2015年7月18日。
奥会津昭和村の「からむし織の里フェア」のイベントの一つ、からむし畑とカスミソウ畑見学ツアー。

からむしの次は、バスはカスミソウの一大圃場のある、矢の原高原に向かいます。


150718_奥会津/カスミソウ圃場見学へ
中組の大芦で一番大きい墓地領域。
この地は、腰巻(こしまき)と呼ばれています。
腰巻とは、衣類のことではなく、館(やかた)となっている根拠地の山裾をぐるりと囲んでいる地形を呼称する一般的名詞(地名)らしいのです。
従って、日本全国各地にある。
そして、この地名(腰巻)の付いている場所というのは、中世(西暦千六百年以前)にまで遡ることができる景観であるということです。
というようなことを、カスミソウ栽培を生業としているK氏が調査考察しています。

また、この大芦で一番大きな墓地のある近傍は、戊辰戦争の戦場ともなりました。
この話はまたあとで(^^;




















こんな大型トラックが、どうやって入ってきたのだろう。
矢の原高原の道路は、観光用イベントで大型バスが入ると、対向車がすれ違える場所がないので、その時間帯は全面通行止めになると聞いた。
その場所に、公衆トイレ設備が作られるということでした。




農業用取水所はここ一箇所らしい、もともと稲作栽培などには不適の地であったので、農業用水堀などはない。
ここで汲み上げた水を、各自の圃場に運んでいるらしい。


150718_奥会津/からむし織の里フェア会場2015/08/07 22:57

2015年7月18日。
奥会津昭和村の「からむし織の里フェア」会場風景。

ツアーから戻って再び会場へ。

150718_奥会津/からむし織の里フェア会場

ビールを飲みながらぶらぶらする。
テントの中には、こちらも見知った方々がいらっしゃる。
「こんちは!」「なんだ、にっしゃか(あなたでしたか)。また来たのか~(笑)」










150718_奥会津/からむし織の里フェア会場22015/08/07 23:07

2015年7月18日。
奥会津昭和村の「からむし織の里フェア」織姫交流館内特別公開作業風景。

紡ぎ、糸縒り、織る。
本日の3人の先生(ばあちゃんたち)。

150718_奥会津/からむし織の里フェア会場2
みつ子姉(五十嵐みつこさん)、大芦。
「大芦だったら、『塩屋』っていったらわがっか(わかりますか)?」
あ、あの山崎の!橋の傍の!、喰丸の!ふみの先生の!
と、記憶が繋がっていくのでした(^^;



たけの姉(栗城たけのさん)、下中津川。











なみえ姉(五十嵐なみえさん)、大芦。


奥会津では、女性の呼称は「○○姉」、男性の呼称は「○○兄(あんにゃ)」と呼びます。
または、年代の近い友達の父母であれば、「友達の名前+とうちゃん」「友達の名前+かあちゃん」と呼ぶ。
この御三方(おさんかた)の先生は、お生まれは昭和3年から5年あたりです。
つまり、85歳から87歳です。
達者です、全身を使っての作業(特に糸車を使った糸縒り、じばた織り)をこなしてしまうのです。
そのうえ、口も達者です(笑)。


「ここにビー玉を入れていませんでしたか?」
今はいんにぇな(いまは入れない)」
入れると引っかかったり、ビー玉が片方に固まって重くなる、というのです。
この「今は」は昔と比べた今か、季節としての今か、確認しそびれました。





150718_奥会津/からむし織の里フェア会場32015/08/07 23:37

2015年7月18日。
奥会津昭和村の「からむし織の里フェア」会場風景。


「道の駅」売店内。
150718_奥会津/からむし織の里フェア会場3







織姫交流館の軒下で続けられる、苧引きの実演。










150718_奥会津/からむし工芸博物館にて2015/08/07 23:44


2015年7月18日。
奥会津昭和村のからむし工芸博物館。

いつ出かけていっても絶対に(ほとんど)会える人と、思いがけない人に会うときと、いらっしゃるかもと期待していくと不在な人。
アポイントを取って予告したわけでもないし、ぶらぶらと展示室を廻る。
〔注意:展示室内は撮影禁止です、スミマセン、入館しましたよ、といったほどの証拠写真です(笑)〕

150718_奥会津/からむし工芸博物館にて











別冊