別冊

150505_タッチョウバにて2015/05/24 09:31

2015年05月05日、奥会津昭和村小中津川でのことでした。

ここは小中津川の束原姓(一族)の墓である。
つまりお墓はここにしかないので、とりわけ固有地名で呼称しなくとも「墓場」といえばここの場所と知れるはず。
それが小中津川の人は、この墓場を「タッチョウバ」と言う。そういえば「墓場」と言っているのはわたしだけのような気もしてきた。
今でもそう言っていることは、妻がそういったことで知れた。
字で表現すると、どういう文字を書くのかは判らない。
「タッチョウ場」までは間違っていないと思う。さて、「タッチョウ」とは、それとも私が知らないだけで、墓の別名をタッチョウというのかしらん。

150505_タッチョウバにて
二代前の、ご先祖の夫妻の墓。
この方も、マタロク氏である。
この集落(に限らないかも知れないですね)の、本家筋の方のお名前は同じ名前が出てくる。
墓刻にきちんと、「○代 何某」と刻まれているものもある。
さすがに「初代」とか「元祖」と刻んだ墓名はない。
もしもあったとしたら、数代を閲してから建立されたものでしょうね。

ところで、この神名は「満太録彦神霊」である。
録の字自体が旧字表現の文字なので判断がつかないが、左は「金へん」ではなく「食へん」。
マタロクの漢字表記が満太録というのは、あるヒントによってなんとなく「満州」とか「樺太」を連想していたのではないかと、今回初めて気づきました。



こちらが、去年から気づいた、江戸時代の小中津川の文化人、風流人らしい、「安則」氏のお墓関係。








こんな、模様の墓石もある。
これが、小中津川束原家の家紋「剣カタバミ」の意匠化される前のカタバミのリアルな図だったとしたら、と妄想が湧いてきてしまうのでした。

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