140814_小野川散歩 ― 2014/08/22 00:46
義姉が、小野川の親戚の初盆で仏拝(ほとけおが)みに行くという。
移動は車しかない。ツレアイと一緒に同乗した。
そのお家に一緒にあがりこんだら、それも失礼なので、その間集落を散歩してみた。
初盆の家はほとんど、来訪されたお客様にお茶ではなく、食事と御汁(おつゆ)の椀などで振舞いをされるのです。
直会(なおらい)と同じしきたりなのでしょう。
義姉も母の名代として拝みに来たので、どの家なのかはっきりわからなかったらしい。
それでも、わかってしまうのは、初盆の家の庭には「高灯籠」が立ててあるので目印となる。
「高灯籠」を写していなかった。
庭先でうろうろして、「にっしゃだれ(あなた方)も入ってくんつぇ(お入り下さい)」などと気を使われたら、それはそれで恐縮してしまうので(笑)。
この家紋、カタバミだろうか。
水芭蕉の自生地は、水芭蕉の葉が隠れてしまうほどに、一面のカヤか葦(ヨシ)の原になっている。
この中に足を踏み入れたら、地面は恐らくぬかるはず。
水芭蕉祭りの会場ともなる広場。
喰丸峠。
140814_大芦の墓参り ― 2014/08/22 00:55
中見沢の墓地
小高い山すその墓地の続きのようであるが、こちらの高台の墓地は配置が違うような気がする。
大芦集落の愛宕山山頂。
左側の木の柱が「高灯籠」。
初盆の家が立てる。
もう1ヶ所の墓地までまわり道と道草しながら歩いた。
山崎の観音堂。
堂宇の裏の坂道を上っていくと、高台の墓地にたどり着くが、そちらの墓地ではない。
歩いたら、とても気持ちのよさそうな勾配の坂道ではないか。
山崎の槐(えんじゅ)の木。
神楽ぶちが廻っていた。
愛宕山の裾野、腰巻(こしまき)の墓地。
ここには、墓地の一等地?の場所に、戊辰戦争で戦死した「官軍」の兵士の墓がある。
まわりは木の柵で囲まれて、ひときわ立派な墓域となっている。
明治の御世の国策である。
ここで戦って斃れた会津藩士の墓は、大芦集落内のいわゆる墓地には祀られていない。
明治の御世の国策であった。
愛宕山の幟(のぼり)の掲揚塔。芯柱は腐食してしまったためだろう、途中から伐られていた。
お宮(大山祗神社)の参道石段下の手水所。
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