別冊

20130630_時尾2013/07/10 23:35


20130630_時尾

このシーンは、中村彰彦氏の『明治無頼伝』、斎藤一(改名:一戸伝八)が時尾と回想会話をする条(くだり)には、こうある。

 「ところで高木家の皆さまは、戊辰(ぼしん)の年の九月二十二日以前は鶴ヶ城に入っておられたと聞いたが」
 戊辰の年、すなわち明治元年九月二十二日は、会津(あいづ)藩が鶴ヶ城を開城し、官軍への降伏の儀式をとりおこなった日である。
 「はい、わたくしは母上さまや妹と一緒に、負傷者を看護したり弾薬を作ったりしておりました」
 「では山本家のお八重(やえ)殿とか申す娘御と御一緒に、銃撃に加わったりしておられたのか」
 「いいえ、お八重さまは砲術師範役の家のお生まれですから銃の使い方もご存じです。でもわたくしには、とても銃は扱えません」
 (そうか。たしかお八重殿と申す女性(にょしょう)はなかなかの力持ちだと聞いた。小柄な時尾殿に、重くて筒の長い銃はとても撃てまい)
 つまらぬ話題を持ち出してしまった、と柄にもなく伝八が困惑を感じた時、今度は時尾が背後から話しかけてきた。
 「でも、お八重さまが討死(うちじに)なさった弟の三郎さまの形見という男物の装束を身につけて、髪を断髪になさって出撃されるお姿はとても凛々しゅうございました。御城内でお八重さまに頼まれて、お髪(ぐし)を切って差し上げたのはこのわたくしなのです」 
(《明治無頼伝 第二章 会津藩士の娘》P.62~63)

http://www.kkjin.co.jp/boso010_130525.htm 


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