別冊

121026_ドライブ2012/11/04 21:54


息子夫婦は子連れ(1歳)、前日から奥会津に来ていた。

小中津川から出発。
121026_ドライブ


からむし織の里を通って、



とあるカフェへ。



これ、デジカメでパチリしただけ。
なのですが、後で見て自分でもびっくりしましたよ。
何がって、写真をもう一度写したのではないか?と疑われるほどに、光のあしらいが抜群!です。
と、思いませんか。思ってください!。
わたしは、シャシンヤでもないので適当にパチリとしただけで、勿論レフ版を使ったりとか、フラッシュを使ったとか、んなことはないんです。
わたしの感性の光のあしらいが抜群、ではないのです。とあるカフェの2階の部屋が、たまたま光のあしらいをしてくれた時に、でっかあせたのでした。




両原からの峠を越えて、大芦へ。





大芦家で一休みして、矢の原へ。

すぐり


代官清水




かやぼっち。
一緒に同乗した、Sさんの説明によると、ちょうど苧麻倶楽部か、織姫の研修イベントで、このかやぼっちを作ったらしい。
近くでは、その方々が、かやぼっちつくりを終えて、一休みしていた。


121026_クヌギ下にて2012/11/04 22:55


唐箕(とうみ)である。

121026_クヌギ下にて



大芦の入口には、無人販売所がある。

マサヨ姉夫妻が、隣の作業場にいたので声をかける。

この唐箕は、百年以上前から使い続けているというのです。
ひえ~!
ということは、わたしは幼少の頃にこの唐箕そのものを触っていたかも知れない。
手伝いをした、ということではない、その頃はわたしはここの家の四人姉妹の一番下の妹と同い年で、いつも遊んでいたのでした。




作業を中断して、その唐箕に書かれていた墨書を見せていただいた。
唐箕を傾けて見せていただいた。底部にこのように書いてある。
「明治二十九年申旧九月廿六日」
「坂本氏求之」
と書いてある。

わたし「『さかもとし、これをもとむ』とありますね。
あれ?五十嵐氏とかではないのですね」
マサヨ姉夫「これ(坂本)は、昔の屋号なのです」
わたし「あれ?、わたしはここの家のことは『ホンケ』とか『クヌギ下』と覚えていました。」
マサヨ姉夫「いや、本当は坂下(さかした)という屋号なのです。
クヌギの木もいつの間にかなくなってしまいました。」
わたし「そうだったのですか、クヌギの木のあった草原坂道あたりは、わたしとサッコの遊び場でした、、、」

昭和三十年代に、大芦中見沢では、「ジンこサッコ!」という囃子言葉がありました。

ここらあたりは、「ジンこサッコの森」だったのです。










121026_備忘2012/11/04 23:08

氏神様
121026_備忘



121027_法事の朝2012/11/04 23:12



121027_法事






はとこ同士が初めてご対面


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