別冊 恵比塵

5月4日、「からむし市」のからむし織の里(1/2)2010/05/10 22:23


5月4日、「からむし市」のからむし織の里にて
妻と散歩ということにして、からむし工芸博物館「からむし市」へ。
柱の陰に誰かがいるのだ!(笑)

「からむし市」。大芦の方の織った布を織姫がコラボした。との説明。

「からむし市」。あ、『田舎に泊まろう』で見かけた人だ。苧績み。

「からむし市」。製品を入れてあったざる。屋号が書かれている。

入り口脇の書架の一角。さりげなく、しかし、しっかりとした意思を感じるセレクションされた本たちである。


工芸博物館展示室内。韓国の「モシ」

工芸博物館展示室内。苧浸しだけに稲を植えていない水を張っただけの田んぼがあったのだ。
春に稲の苗を育てた田んぼだろうか。記憶にありそうななさそうな。

【訂正(ご指摘ありがとうございます)
アサのツケバ(浸け場)とは、水田ではなく、「つけば」です。水面下地面に草を生やし、泥が浮かないようにした構造の水田様の水たまりです。流水をかけながします。
苗を作った跡、というものではなく、アサ栽培産業時の専用のものです。


(追記)
からむしの「つけば」ではない。アサの「つけば」。
カラムシは刈り取りから原麻となるまで時間をかけられない、アサは時間をかける。ということがどこかに書かれていた。
アサの「つけば」はシオカラトンボやオニヤンマを捕った田んぼだ。網や釣竿を振って取った。
シオカラトンボは同じ田んぼ内で飛翔していた。オニヤンマは田んぼにつながる堀(沢)の方から時々巡回してきては、飛び去った。
上の神社の手前の田んぼも、それ(アサの「つけば」)だったのでは、だんだんと思い出してきそうである。

工芸博物館展示室内。

からむしの歴史年表パネル。
【昭和61年(1986年):第1回からむしフェア開催。
この年から民族文化映像研究所による自主制作記録映画の撮影が始まる(1988年、完成試写会)】とある。
公史には残らないその時(時代)の当事者の感情を思い感慨にふける。

織姫交流館内。「森商事」のオリジナルです。


織姫交流館内。東京の見本市でも好評だったOLINDA。

 ブログの写真アップの制限数により、いったんここまで。


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